【第六話 銀輪躍動】

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★ 新幹線と在来線を乗り継いで四時間。小さな無人駅を降り、ようやく海沿いの町にたどり着いた。 ここは宮城県の石巻市。この地域の海は親潮と黒潮がぶつかり、餌が豊富で漁業資源に恵まれているため、数多くの漁港を有している。水村の実家はその漁港のそばにあった。 目的地を目指して歩いていると、漁に出ていた船が一隻、港に戻ってくるのが見えた。前田は足を止め、その様子を眺めた。 船が着岸すると、陸に待機していた漁師たちがわらわらと集まり、船上の漁師たちから次々と魚を受け取る。魚は手際よく選別され、発泡スチロールの箱に収められていく。都会暮らしの前田にとっては初めて目にする光景だった。 漁師たちの仕事を興味深そうに眺めていると、若い漁師のひとりが上着を脱いで腕をまくり上げた。前田はその腕を見てはっとした。そこには水村の腕と同じように刺青が彫られていたのだ。 日が昇って暑くなったせいか、何人かが上着を脱ぎ始めた。すると次々と腕の刺青があらわになった。刺青を彫るのは漁師にとって常識なのだろうかと、答えのない疑問が脳裏に浮かぶ。 「あんねや、見ででおもしぇもんじゃねぁーべ」 ふいに声をかけられ振り向くと、すぐ背後に老いた漁師が立っていた。 「いいえ、そんなことはないです。初めて見ましたけれど、壮観だなぁと思って」 老人の目は黄色味を帯びていた。病名は思い出せないが、目が黄色くなる病気があると聞いたことがある。その色が妙に引っかかる。 「ほう、都会人には漁師の男さ格好良ぐ見えるのがい」 老人はからかうようにそう言って男たちの方を指差した。前田は遠慮がちに否定する。 「そうじゃなくて……どうしてみんな刺青をしているのかなと思って。おじいさんも刺青、あるんですか?」 「そりゃあ、ワシはこの道六十年、生粋の漁師じゃがらな」 老人はシャツをまくり上げ、背中に描かれた刺青を示した。帆を広げて海を渡る漁船と、「淵広魚大(えんこうぎょだい)」という四文字が描かれていた。良き君主には良き臣下が集まるというその言葉は、老人がこの港の主だと示しているようだ。 前田は決意を固めて老人に尋ねる。 「どうして漁師の方々は刺青をなさるんですか」 老人は海に視線を向け、記憶をたどるように語る。 「ああ、この町には腕のいい刺青師がいだんじゃ。ちょいど前、肝臓患って亡ぐなっちまったがな。刺青は漁さ命懸げだ男の象徴だがらな」 「命を懸けた男の象徴……?」 老人の真剣な表情は、刺青が前田の持つ印象とは異なる意味を持つことを物語っているようだった 「まぁ、漁知らねぁーお嬢ぢゃんには関係ねぁーごどだべげどな」 老人はそう言い残して背中を向け、ゆらゆらと仕事場に戻っていった。足取りがおぼつかないように見え、どこか悪くしているのかと心配になった。
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