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咲は両親の元に戻り、患者家族との対話が再開された。今度は西成自身が対応を買って出、前田にも同席してもらうことにした。主治医の三上には退いてもらった。
咲はその場にそぐわないので、待っている間、勝俣が相手をしてくれることになった。
患者の息子夫婦は西成に対しても怒り心頭の様子で、対面するやいなやすぐさま荒々しい言葉を吐き出す。
「あなた弁護士なんですよね。じゃあこの落とし前はどうつけるのか、お聞かせ願いたい。人をひとり、殺しているんですからね!」
ひどく威圧的だったが、西成は臆することなく、あえて凪いた口調で答える。
「じつは原因についてはこれから調査するところです。その前に私が咲ちゃんを見つけた時の話をしたいのですが、よろしいでしょうか」
両親は一瞬、怯んだが、すぐさま気を取り直し高飛車な態度で突っかかる。
「まあ、見つけてもらったのは感謝しますが、院内での迷子ですから遅かれ早かれ見つかったことでしょう? それで偉そうな顔をするものじゃないですよ」
なおさら怒りをあらわにする息子夫婦に前田は不安が募るばかりだが、西成はあくまで冷静な表情を崩さない。
「ところで咲ちゃんがどこにいたのか、ご存じですか?」
「屋上だと聞いていますけど」
「はい、とても月が綺麗な夜でした」
「はあ? なんで今そんなことを!」
「いや、じつはその月の下で、私は咲ちゃんにこんなことを話したのです。
あくまで私の戯言ですが、さすがに見ず知らずの男がお子様になにを話したのか、せめてご両親にはお知らせしておかなければ心配されると思いまして――」
そして西成は屋上での一幕を語った。
最初は西成に対して敵意むき出しの息子であったが、西成の話を耳にすると表情は一変した。
息子夫婦はともに打ち震え、顔面蒼白になる。その感情の落差が、全景を知る西成には手に取るようにわかった。
彼らが事の真相を理解したのは明らかだった。それでもまだ彼らは、たやすく事実を認めようとはしない。
「そんなのはあなたの邪推でしょう! 咲が……うちの子がそんなことをするはずはない!」
「私もそう信じたいです。ただ、真実はどこかに残されているはずなんです」
西成は鞄の中からポリ袋を取り出す。その中にはひとつにまとめられた人工呼吸器のスパイラルチューブがあった。
袋を差し出されたふたりの瞳が大きく見開かれる。その奥には怖れの感情が詰まっていた。
「これが事故の原因となった人工呼吸器のチューブです」
西成はそれだけしか口にしなかったが意図は明白だ。
スパイラルチューブには、誰かの小さな指紋が残されているかもしれないのだ。
親としては、娘の心に大きな傷跡を残したいと思うはずがない。物的証拠の検証を望む人間など、どこにもいるはずがないのだ。
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