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ドンドンドンドンドンッ!
地域医療の中核である東山総合病院。その一角にある『診療部門特別相談室』に、けたたましいノック音が響く。この慌てようは厄介な案件に違いないと、うら若き秘書の前田美穂は察して立ち上がり扉に向かう。
鍵を開けたと同時に扉が勢いよく開き、前田はひたいを打ち付けられそうになる。すかさず身を翻して難を逃れた。
よろけながら部屋に飛び込んできたのは病院の事務長である。ほんの数分前、慌てた様子で「じかに相談したいことがあるんです」と連絡があった。恰幅の良い事務長はひどくうろたえた様子で、ひたいには玉のような汗を浮かべている。
「そんなに慌ててどうされたのですか、事務長さん」
「じつはついさっき、重大な医療事故が発生したんです!」
「医療事故ですか!?」
前田は振り向いて最奥の書斎机に視線を向ける。そこに鎮座する西成仁は病院で起きるトラブルを一手に引き受ける、敏腕の顧問弁護士である。西成は感情を乱すことなく、物静かに了承した。
「では最初に前田さんが状況を聞いてください」
「はい、承知しました」
西成は事件の初期対応を前田に一任するのが常であるが、それはけっして無責任だからではない。西成はことあるごとに前田の推察力を試しているのだ。
前田は記録用のボードを手にして身構えた。流線形の整った顔立ちに大きな瞳、そして艷やかな栗色のロングヘア。LEDが発する光が髪に映り込んで輪を作る。名の通った大学の法学部を卒業し、西成の秘書として東山総合病院に勤務して半年。若輩者の前田であるが、柔和で気品のある言葉遣いと皺ひとつないセットアップスーツは、堅実で完璧な秘書の印象を抱かせる。けれどその面持ちには緊張感がみなぎり、若さと責任感の間で揺れる苦悩が滲んでいる。
事務長は呼吸を整え、状況を簡潔に説明する。
「人工呼吸器の管理トラブルによるレベル5のアクシデントです」
「アクシデントレベル5ですか!?」
それは患者が「死亡」した事故を意味していた。
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