【第一話 神様と小さな天使】

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ドンドンドンドンドンッ! 地域医療の中核である東山総合病院。その一角にある『診療部門特別相談室』に、けたたましいノック音が響く。この慌てようは厄介な案件に違いないと、うら若き秘書の前田美穂(まえだみほ)は察して立ち上がり扉に向かう。 鍵を開けたと同時に扉が勢いよく開き、前田はひたいを打ち付けられそうになる。すかさず身を翻して難を逃れた。 よろけながら部屋に飛び込んできたのは病院の事務長である。ほんの数分前、慌てた様子で「じかに相談したいことがあるんです」と連絡があった。恰幅の良い事務長はひどくうろたえた様子で、ひたいには玉のような汗を浮かべている。 「そんなに慌ててどうされたのですか、事務長さん」 「じつはついさっき、重大な医療事故が発生したんです!」 「医療事故ですか!?」 前田は振り向いて最奥の書斎机に視線を向ける。そこに鎮座する西成仁(にしなりひとし)は病院で起きるトラブルを一手に引き受ける、敏腕の顧問弁護士である。西成は感情を乱すことなく、物静かに了承した。 「では最初に前田さんが状況を聞いてください」 「はい、承知しました」 西成は事件の初期対応を前田に一任するのが常であるが、それはけっして無責任だからではない。西成はことあるごとに前田の推察力を試しているのだ。 前田は記録用のボードを手にして身構えた。流線形の整った顔立ちに大きな瞳、そして艷やかな栗色のロングヘア。LEDが発する光が髪に映り込んで輪を作る。名の通った大学の法学部を卒業し、西成の秘書として東山総合病院に勤務して半年。若輩者の前田であるが、柔和で気品のある言葉遣いと皺ひとつないセットアップスーツは、堅実で完璧な秘書の印象を抱かせる。けれどその面持ちには緊張感がみなぎり、若さと責任感の間で揺れる苦悩が滲んでいる。 事務長は呼吸を整え、状況を簡潔に説明する。 「人工呼吸器の管理トラブルによるレベル5のアクシデントです」 「アクシデントレベル5ですか!?」 それは患者が「死亡」した事故を意味していた。
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