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それから西成は聞き手に回り応対していたが、ひたいにはうっすらと冷汗を浮かべていた。会話の内容からすれば、裁判に関することのようだった。
会話は二、三分ほどで終わったが、西成は深いため息をつき、考え込む表情を見せた。その雰囲気に前田はただごとではない状況だと察する。なにせ、その「石渡密」という弁護士の名前は前田の記憶にもあったからだ。
「西成先生、どんな内容だったんですか」
前田がおそるおそる尋ねると、西成は重々しく口を開いた。
「今回の案件について、患者さんの旦那さんが弁護士を雇ったようです。電話をかけてきたのはその弁護士でした。内容については――実際に再生して聞いてみてください」
「はい」
録音した会話を再生する。
『西成先生、お久しぶりです。先生と私の間柄ですから、直接ご連絡を差し上げようと思いまして、電話をいたしました』
『ああ、石渡先生ですね。ちゃんと覚えています』
『いやあ、以前は辛酸を舐めさせられましたが、今回は立場が逆転しそうですよ。これからカルテ開示を申請しますが、揺るがぬ物的証拠があるのですから結果は見えています。ですから電話を差し上げたのは、くれぐれも病院ぐるみでレントゲンの捏造をするような真似はやめてください、という忠告です』
『それはあり得ないですよ。ところで頂いた電話で恐縮ですが、お尋ねしたいことがあります。レントゲンが異常かどうかを判断する協力医についてはお決まりなのでしょうか』
録音された声の中に、ふふっ、と嘲るような笑みが混じっていた。
『橋上修一先生ですよ。T大学の教授で、学会の理事も務める著名な方ですから、その証言は重みがありますよ』
その返事を聞いた西成は言葉が出なくなった。しばらくしてから振り絞るように返事をする。
『なるほど、呼吸器内科医として信頼をおける評価を受けている方というわけですね」
『はい。それでは法廷でお会いするのを楽しみにしていますよ――」
再生し終わった後、前田がちらりと松川の表情をうかがう。松川の顔色は蒼白に変わり、明らかに動揺していた。今の電話の会話を聞いたせいだろうか、様子がおかしい。
「松川先生、ご気分は大丈夫ですか」
前田が尋ねると、松川ははっと気を取り直して返事をする。
「あっ、だっ、大丈夫です」
西成は松川の変わり果てた様子を察し、言葉を選びながら話し始めた。
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