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「西成先生と前田さんは、どんな難問でも解決できると噂で聞いています。僕はこのままあの人にやられ続けたくないんです。どうか、どうか裁判で勝たせてもらえませんか」
そう言って、松川はさらに両手に力を込めた。
あまりの過大評価と期待のプレッシャーに、前田はせっかくのイタリアンが喉を通らなくなるのではないかと懸念した。
けれど、穏便に解決できたら、その時はゆっくりと食事を楽しむことができるはずだ。もしかしたら、その先に新しい未来が待っているかもしれない。そう信じて、せいいっぱいの返事をした。
「松川先生、大丈夫ですよ。わたしたちは松川先生の強力な味方でいるつもりです。最善を尽くして、松川先生を不条理な訴訟から守りますから!」
翌日、前田は出勤すると同時に、西成の書斎机の前に仁王立ちになり、事情を力説した。
「西成先生、この裁判、どうしても勝ちたいんです! 西成先生なら、あんなマウント弁護士とパワハラ教授には負けないですよね!」
まくし立てるように話す前田の必死な姿に、西成はにやにやと笑みを浮かべた。
「ほぉ、前田さん、今回はやけに熱が入っていますね。『依頼人』に特別な思い入れがあるのですか?」
「うっ……!」
胸中を見抜かれたようで、顔が熱くなる。
「まあ、あの後、いろいろ考えたんです。でも、今回ばかりは分が悪いですよ」
「西成先生ともあろう方が、すでに負けを認めるおつもりですか?」
「いえいえ、私は戦わずして諦めるつもりは毛頭ありませんよ」
モニターに映るレントゲンに視線を向けた。何度見ても、肺がんが存在するようには見えない画像だった。
「このレントゲンを見ると、つい連想してしまうんですよ」
「は? なにをですか?」
「まるでピアノの鍵盤のようだと」
「鍵盤、ですか……?」
再度、画面を確かめた。そう言われると、モノトーンの肋骨の画像が鍵盤のように見えた。一瞬、納得しかけたが、すぐに前田の心が警鐘を鳴らした。そんな連想は非倫理的ではないかと。
「お言葉ですが、不謹慎ですよ。人間の画像を無機物に喩えるなんて」
「いえ、むしろその逆です。私はピアノが人間のように有機的な存在だと言いたいのです。その旋律は、まるで命を宿しているようではありませんか」
「はぁ……命を、ですか」
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