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いつもながら、西成の言葉は意味深で、とらえどころのないイケオジの物言いだった。
西成は棚の前に足を運び、中腰でレコードのコレクションを眺めた。いつものようにレコードジャケットをいくつか取り出し、一枚を選んで見せた。
「今回の事件には、この曲がぴったりですね」
レコードプレーヤーの前に立ち、レコードを再生させた。
流れてきたのは、フランツ・リストの『ハンガリー狂詩曲 第二番』だった。
「ピアノの魔術師」と呼ばれたリストの技巧がふんだんに織り込まれ、リズムと旋律が変化する構成で心を揺さぶられた。ハンガリーの民族的な情緒が引き立てられ、繊細で物悲しい曲かと思いきや、クライマックスは迫力に満ちていた。
曲が終わると、西成は深く息を吐いて振り向き、前田を直視した。
「前田さん」
「はい?」
「この危機を乗り切る方法を思いつきました」
西成はそう言った。銀縁眼鏡の奥で光る瞳には、強固な自信がみなぎっていた。
「えっ、ほんとうですか!?」
自身の席に腰を据えていた前田は、勢いよく立ち上がり、デスクに乗り上げる勢いで前のめりになった。
「はい。バイアスで見えないものが見えてしまうなら、心を揺さぶるような技巧が必要なのかもしれません。意味がわかりますか?」
「そう言われても……う~ん……」
前田は西成の意図を汲み取れずに考え込んだ。しかし、唸り声を上げたことに気づいて口を閉ざし、頬を赤らめた。西成は面白そうな顔をして続ける。
「オーケストラとして曲を引き立たせるには、多くの楽器とそれを演奏する奏者が必要です。ですから、前田さんにも協力していただきたいと思います。よろしいですか?」
「はっ、はい! なんでもします!」
西成は軽やかに身を翻して前田のデスクに歩み寄り、両手を天板に乗せてじっと目を見つめた。
「それでは少々骨が折れるでしょうが、前田さんは松川先生と協力して、正常な胸部レントゲン像を百枚、ピックアップしてもらいたいのです」
「正常なレントゲンを、百枚……?」
前田の頭上には疑問符がいくつも浮かんだ。西成の意図は、いつも簡単に理解できるものではない。
「はい、そして裁判に臨みましょう」
そう言う西成の眼鏡越しに光る瞳は、知識と経験に満ちた輝きを宿していた。
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