【第二話 オーバーカム・ザ・バイアス】

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法廷に振動を伴ったモーター音が鳴り響き、白いスクリーンが天井から降りてきた。プロジェクターが眩い光を放ち、長方形のスクリーンが白色に照らし出された。 そこに映し出されたのは百枚の胸部レントゲン像であった。小さなレントゲンが縦十列、横十列にタイル状に並べられていた。裁判官の一人がパソコンを操作し、一番左上の画像が拡大された。 松川が仕事を終えた後、前田は松川と共にレントゲンの選定にあたっていた。前田は凛とした態度を崩さず、松川の抱く前田のイメージを守り抜いた。そして無事に画像の選定を終えた。 西成が提示された画像について説明した。 「これらの画像は電子カルテで閲覧可能なものと同等の解像度を保証しています。我々は百枚の画像を準備しましたが、この中には肺がんがあるとされた当該患者の画像が含まれています。残りは『異常なし』と診断された画像です。 この中から肺がんがあるはずの画像を原告の協力医に見つけていただきたいのです。正常と異常を確実に見分けられるのであれば、この中から異常のある画像を選び出すことは容易いはずです」 確かに、この方法であれば明確に白黒をつけることができる。座する面々は納得の表情を浮かべた。 しかし松川の不安は解消されなかった。なぜなら、目利きの医師であれば、胸郭・心陰影の輪郭や角度、血管の走行具合から同一画像を特定することは難しくないからだ。たとえ異常のない胸部レントゲンであっても。 そして問題となった画像と胸部外科のカルテのエクスポートデータは、患者側の開示請求により相手の弁護士の手に渡っていた。 協力医が正解の画像を目にしていないはずはない。つまり、百枚の中から一枚の同一画像を特定すれば、裁判で勝利できる。公平なように見えるが、実際には松川にとってきわめて不利な裁判であった。 裁判長が視線を傍聴席の先に向けた。 「これより協力医にご登壇いただきます。どうぞお入りください」 すると入り口の扉が鈍い軋音を立てて開いた。革靴の規則的な音が静まり返った法廷に響く。入場してきた男は小柄だったが、その様子は威風堂々としていた。松川は息を呑んだ。 姿を現したのは、やはり因縁の教授、橋上修一だった。 松川はひどく動揺し、両手をついて息を荒げた。橋上が「肺がんを示唆する所見は認められない」と松川を擁護する見解を述べる可能性は低い。 事実、橋上は松川の顔を見るなり、片側の口角を不自然に引き上げた。まさに臨戦態勢の雰囲気が漂った。
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