【第二話 オーバーカム・ザ・バイアス】

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橋上は画像を検証するため、プロジェクターに接続されたノートパソコンを操作している裁判官のもとへ歩み寄る。 操作していた裁判官が席を外し、橋上はその席にどっしりと腰を下ろした。 そこで西成はすかさず質問を投げかける。 「橋上先生、ひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか?」 あからさまに不機嫌さを含んだ低い声が返ってきた。 「なんだね、構わないが」 「先生の豊富な臨床経験の中で、肺がんが自然に改善した例はございますか?」 その質問に対し、橋上は眉間にしわを寄せて答えた。 「なにを言っているんだね、きみは。肺がんのような悪性度の高い疾患が自然退縮することなど、まずあり得ない」 確信に満ちた、というよりは、高圧的な態度であった。判決の決定権が自分にあるかのような自信を漂わせていた。 「それでは協力医の橋上先生、読影をお願いします」 「うむ」 裁判官の合図で画像の読影が始まる。 橋上は一枚一枚、画像を拡大し、順番に読影した。多数の胸部レントゲン像が流れる間、橋上の眼球は絶えず小刻みに動いていた。 雰囲気が変わったのは二十九枚目の画像だった。一瞬、橋上が目を見開いたことに前田は気づいた。どうやら目的の画像を見つけたようだ。松川もそれに気づき、背筋を伸ばし、表情を硬くした。 確信は揺るぎないものだったようで、それ以降のレントゲンの読影は若干早いペースで進んだ。橋上は流れるように画像を見ていた。 約三十分で読影は終了した。橋上は大きく息を吐き出す。その吐息には達成感が含まれているように感じられた。一拍置いて、自信に満ちた声で宣言した。 「読影が終わりました。お答えしましょう」 橋上はレントゲンがタイル状に並んだスクリーンを指差し、迷いなく一枚の画像を選んだ。 「二十九番の画像を拡大してください。それが異常所見のある画像です」 画像が拡大されると、それは前田と松川の記憶の中にある、悪夢のレントゲン像と酷似していた。橋上はプロジェクターに映る拡大写真の右下肺野をポインターで指し、「私はこの部分に陰影があるように思います。この一枚を『精査対象』と判定します」と、さも当然のように口にした。 法廷はざわりと色めき立った。前田はぐっと唇を噛み締めた。 裁判員がパソコンを操作し、患者の名前が記入された原本のレントゲンを画面に提示して並べた。比べると、画像は同一のもので間違いなかった。松川の有罪が確定したようなものだった。
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