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ふたりは帰り途中にある広々とした公園に立ち寄り、ゆっくりと遊歩道を散策する。
辺りの木々はいつのまにか色づいていて、まもなく紅葉の見頃を迎える季節となる。仕事を始めてから、時の流れが急に早まった気がした。
「前田さん、僕は前田さんにもちゃんとお礼が言いたかったです。ほんとうにありがとうございました」
「そんな……でもわたし自身も、ちゃんと伝えなくちゃいけないことがあって」
松川ははっとして足を止めた。前田は数歩先に進んでから振り返る。
「今回は――いえ、いつものことなんですけれど、こういった案件は、ぜんぶ西成先生が解決してくださっているんです。ほんとうのわたしはいつだって役立たずなんです」
「謙遜はやめてください。――僕、もしも無罪となったら、前田さんに告白しようと思っていたんですから」
前田はその言葉に心臓が飛び上がった。気のない態度をとっていたのはお互いさまだと、初めて気づいたのだ。
けれど松川はふぅ、と諦念を含んだため息をもらして言う。
「でも僕はまだまだ半人前です。もっとしっかりした医者になって、ちゃんと胸を張れるようにならないと、前田さんに告白する資格なんてないと思いました」
その気持ちは、前田自身も同じだった。だからこそ、自分の想いは明かさないほうがいいのだろうと思った。未熟さで共感を得ても、自分が情けなくなるだけだ。後ろ髪を引かれながらも、前田は決意を固めて松川と向き合う。
「それでは、お互いたくさん苦労して、切磋琢磨しましょうか。それと、もう『診療部門特別相談室』でお会いする機会がないことを、切に願いますね」
突き放すようにそう言って、強がりの笑みを見せてきびすを返す。
そして、絶対に振り向かないと自分に言い聞かせて足を前へと進める。
前田は夕暮れの公園を去りつつひとり思う。
今日は「推し」の歌声を聴きながら、もう一度、思いっきり泣き明かしてやるのだと。
(第2話 完)
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