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「そうですか、怪しい人物の出入りはなかったんですね」
「間違いないです。ですから医療事故としか考えられません」
前田が西成の表情をうかがうと、西成は視線を合わせて小さくうなずく。どうやら西成の想定していた違和感のひとつは正解のようだ。けれど、もうひとつの疑問点はいくら考えても思いつかない。
「西成先生、もうひとつのおかしなところっていったい、なんでしょうか」
正直、前田はもはや降参だった。今日も西成の洞察には及ばなかったと、調査開始前からさっそく落胆する。
西成は事務長に尋ねる。
「どうして末期がん患者なのに、人工呼吸器が装着されていたのですか。それこそ不自然な医療なのではないでしょうか」
前田はそう聞いて、あっ、と声をあげそうになった。西成の指摘はたしかに的を射ているのだ。末期がんのために状態が悪化した場合、人工呼吸器を装着しても全身状態の改善が見込めるわけではない。離脱できず衰弱しながら死を迎えることになるため、人工呼吸器を装着することはほぼない。だが装着した以上、生命を維持させている人工呼吸器が外れれば医療ミス、意図的に外せば殺人行為とみなされるのだ。
「人工呼吸器の装着――さあ、なぜでしょうか」
事務長はその点の事情はわかっていないようで首をひねる。しかし、仮に意義のない人工呼吸器の装着であっても、その不具合による患者の死亡はれっきとした「過失致死」である。
西成は電子カルテを起動させた。
「前田さん、今までの診療状況を確認してみましょう」
「はい、それでは西成先生、ログインをお願いします」
西成のIDで電子カルテにログインし、事務長から聞いた患者番号を入力してカルテを展開する。
「患者名 山下茂樹、年齢 七十歳、病名 大腸がん」と冒頭に記してあった。カルテを確認すると、大腸がんの発症は二年前で、診療担当は消化器外科だった。当時、結腸切除の手術を実施されたが再発をきたしており、その後、免疫チェックポイント阻害薬の治療や化学療法を受けていた。病勢は一進一退であり、直近の説明内容は治療の切り替えについてだった。一貫して三上という主治医が説明を担当している。
西成は診療録の内容に目を通す。説明をする際の相手は患者と患者の息子、それに息子の妻だった。
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