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それは夜嵐が訪れた翌日のことだった。
東山総合病院に出勤した前田美穂は、職場の雰囲気にどことなく違和感があることに気づいた。病院の入り口にはパトカーが一台停まっていたし、上司の西成仁は普段よりも早く出勤し、なんらかの仕事に取りかかっているようだった。卓上に鞄が置いてあった。
廊下ではせわしなく行き来する事務員の姿が目につき、医局では医師たちが集まり神妙な面持ちで話をしている。
西成の秘書である前田は、病院に勤務しているとはいえ医療従事者とは言い難い立場だ。だから患者情報が耳に届きづらく、もどかしいと思うところだ。
立ち込める事件の匂いに胸がざわめき、いてもたってもいられなくなった。荷物を置いてひとり病棟に足を運んだ。
すると不穏な空気の原因は形成外科病棟にあった。前田は看護師長の佐分利に尋ねる。
「なにがあったんですか、佐分利さん。皆、そわそわしていますけれど」
佐分利はいささか慌てた様子で事情を説明する。
「殺人未遂事件よ、それも女子高の生徒が三人!」
「殺人未遂、ですか!?」
指を三本立ててはいるが、昨夜、形成外科病棟に入院したのはひとりだけのようだ。ホワイトボードの新規入院患者欄に『三田村薫』とだけ書かれている。彼女が傷を負って入院した被害者なのだろう。
「しかも三人いっぺんって、通り魔でしょうか……」
この都市は、治安は良いほうだと聞いていたが、殺人未遂事件と聞いて前田は肝を冷やす。けれど師長が口にしたのは前田の想像を超える出来事だった。
「違うのよ、その三人が互いにナイフで切りつけあったのよ!」
前田は驚きで一瞬、声を失った。
「同じクラスの友達同士だっていうのに、信じられないわねぇ」
佐分利は来院時に撮影された写真を前田に見せた。卵のような滑らかな頬がぱっくりと割れ、赤黒い肉が露出している。無惨にも血で染められた女子高生の顔写真は見るに耐えかねた。
なるほど、警察が来ていた理由も納得できる。三人は被害者であり、同時に加害者でもあるのだ。
「どうしてこんなことに……」
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