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『おとぼけ様』
前田がインターネットで検索すると、それが何者なのか、答えはすぐに見つかった。
『おとぼけ様』はソーシャルメディアネットワークに出現する『怪異』として知られていた。フォローされると『おとぼけ様』からフォロワーへメッセージが送られてくるらしい。
それは、メッセージの内容が必ず現実となる予言者の霊だという。予言の内容は他人の不幸であり、避けようとしても逃れる術はない。唯一、おとぼけ様から逃れるには、おとぼけ様についてのいっさいの記憶を封じること。詳しい情報が都市伝説のサイトに載っていた。
けれどなぜ、その『怪異』がノートに書かれていたのか。それを知っているのはノートをこしらえたクラスメートだけだ。
翌日、出勤した西成はひとつ咳払いをしてから前田に尋ねる。
「前田さん、あなたに頼みたいことがあるのですが」
「なんでしょうか、西成先生からお願いなんて珍しいですね」
西成があらたまって頼むのだから重大な任務に違いない。前田はきゅっと口元を引き結ぶ。
「今度、学級委員の生徒がお見舞いにきたら、それとなく尋ねてほしいことがあるんです。なにせ相手が女子高生ですから、私よりもあなたのほうが話しやすいでしょう」
なるほど、クラスの事情を探る役目なのか、と前田は納得した。
「わかりました。努力してみます」
その日の午後、来院したのは先日の女子生徒、今村優奈だった。着く前に担任の須崎から連絡があった。須崎の話によると、彼女はたいそう真面目で成績も良く、友人も多いという。見本のような学生で、みずからお見舞いに行くと言い出したらしい。
ただ、彼女たち三人とは親密な間柄というわけではない。
「今村さんだよね、少しお話をしてもいいかしら」
「あっ、はい、なんでしょうか。昨日の綺麗なお姉さん」
今村は懐っこい笑顔で飛び跳ねるように前田に寄ってきた。まるで警戒心を抱いていなかったので、前田はほっと胸を撫で下ろす。ごく自然に笑顔が浮かんだ。
「苦労して作ってくれた授業のノートのことなんだけどね、最後に書かれていた『おとぼけ様』っていったいなんなのかな」
心当たりがあったようで、今村優奈の表情がぱっと明るくなった。
「ああ~、あれですね。じつは三田村さん、福山さん、横山さんの間で話題になっていたことなんです」
「話題になっていたって?」
「なんか、あの三人だけ『おとぼけ様』っていうアカウントからフォローがきたらしいんです」
前田はまさかと思った。都市伝説の『怪異』が彼女たちの目の前に現れたというのか。
「それで、予言がどうとか、大声で盛り上がっていたんです。まるで自分たちが選ばれた人間だと誇示したいようにも思えましたけど」
「へぇー、予言かぁ。世の中には奇妙なことがあるのね」
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