【第三話 怪異の復讐劇】

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「それなのになんで自殺なんか……」 「わかりません。ただ、原因があるとすれば――学校での出来事でしょうか」 「うーん……」 前田はあらためて彼女たちが恐れた三冊のノートを見返してみる。皆で手分けしたのだろう、いずれも異なる筆跡で書かれている。 けれど最後のページで目が止まった。 『おとぼけ様って、誰――?』 その一文だけは、すべて同じ筆跡だった。はっとなって西成を見やる。 「西成先生、三人のノートに書かれた言葉の筆跡を見比べてもらえますか」 西成は視線を順に移してゆく。突然、表情が険しくなった。 「ああ、前田さん、よく気づきましたね。ところでこのノートを持ってきたのはクラスメートの子でしたよね」 「今村さんという、組紐のミサンガをした人懐っこい子です」 「組紐のミサンガ?」 「はい。手首に巻かれていたの、お気づきではありませんでしたか?」 尋ねるが西成から返事はない。黙考した後、銀縁眼鏡の奥の瞳を輝かせ、すっくと立ち上がり、電子カルテの端末の前に歩を進める。 しばらくカルテを検索し、一枚の画像を画面に展開させた。 「もしかして、そのミサンガ、これと同じものではありませんか?」 画像は手首に巻かれたミサンガを拡大したものだった。今村の身に着けていたものと同一の柄。けれど手首の肌は蒼白で、明らかに今村の血色とは異なっていた。 不思議に思い、開いたカルテの名前を確かめる。そこに表示されていたのは――『桜田葵』、自殺した女子生徒の名前だった。 「これって――」 「今村さんと桜田さんは、深い絆で結ばれていたはずです」 同じ組紐を身に着けているふたりは、親友と呼べる間柄だったに違いない。そうだとすれば、過去の自殺と今回の刺傷事件は無関係ではないはず。 西成は棚の前に足を進め、レコードのジャケットを目で探り始めた。 ――西成先生は、この謎を解くつもりなんだ。 就職した当初、前田は西成がかつて在学中に管弦楽部の指揮者をつとめていたのだと聞かされた。前田は心の中で「ノルスタジーに浸っても若返るわけじゃありませんからね!」と毒づいたが、旋律に合わせて腕を振る西成の姿を目の当たりにした瞬間に言葉を失った。 真剣な表情で正確に指揮をとり、音色に合わせて身体を揺らすさまは、まるで音楽の流れを導いているようであり、自身が音の一部に溶けているようでもある。 そして曲がフィナーレを迎える時、謎は解かれている。前田はその光景を幾度となく目撃していた。 「今日はこの曲に、事件の謎解きを託しましょうか」
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