【第三話 怪異の復讐劇】

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そう言って選んだ曲はディードリヒ・ブクステフーデの『シャコンヌ ホ短調』。 西成は両腕を大きく伸ばして掲げ、曲に乗せて振り始める。 冒頭から放たれる重厚さと力強さを持つ旋律が五臓六腑に浸透する。曲が進むにつれて音のバリエーションが増え、さらに荘厳で壮麗な雰囲気を醸しつつ躍動感を増してゆく。同時に曲の中に漂う哀愁やグロテスクさが共存していることに気づかされる。 曲が終焉に達し、レコードプレーヤーのアームが浮き上がってアームレストに戻る。静寂に包まれたところで西成がおもむろに口を開く。 「この曲はバロック音楽のひとつですが、『バロック』という呼称の語源は『歪な真珠』という意味を持ちます。バロック時代には、不自然だからこそ美しい、そういう概念が広まっていたんです」 「はぁ……不自然で、美しい概念ですか……」 いつものことながら理解が追いつかず、首がきゅーっと傾いてしまう。 「私の推測なのですが――この『怪異』、明日にでもその正体を突き止められるかもしれません」 「えっ!?」 前田は驚いて飛び上がりそうになった。まさか奇妙な事件の全容を俯瞰できたというのだろうか。 「なにか気づいたんですか!」 尋ねると西成は眼鏡を指先でくいっと取り直し、真顔でこう言う。 「この不可思議な現象、それぞれの音はばらばらですが、すべてがつながると見事な旋律が浮かんでくるのです」 「どういうことですか、西成先生!」 「そしてこの事件の真相は、歪みの中に隠された美しさなのかもしれません。バロックの語源が意味するように」 ――もはやなにを言いたいのか、意味不明すぎるっ! 前田は西成の意図が掴めない自分自身が歯がゆくてならない。 「けれどあとひとつ、証拠が必要です。それを確認できたら――またもや前田さんの出番ということになりそうです。どうかよろしく頼みますよ」 西成はそう言い、真剣な眼差しでうなずいて見せた。
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