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嗚咽の嵐がおさまった後、わたしは葵のお母さんに声をかけられました。お母さんは声を震わせながら言いました。
「葵ね、遺言はなかったの。でも、『これを優奈に渡して』とだけ書き置きがあったのよ」
渡されたのは葵のスマホでした。わたしたちは互いを信頼していたので、ロック解除のパターンも明かし合っていました。だから、わたしは葵がそれをわたしに託したのだと思いました。
そのパターンは、やっぱりわたしの知っているものでした。ロックを解除し、SNSのアプリを開くと、そこには三人が葵に向かって浴びせた罵詈雑言が並んでいました。
それを見てわたしは葵に誓いました。必ず彼女たちに復讐をすると。
そして『おとぼけ様』が生まれたのです。
そう、『おとぼけ様』を生みだしたのは、このわたし自身です。
葵の遺したスマホから、彼女たち三人のSNSのアドレスを知りました。そこでSNSを用いて復讐できないかと考えているうちに、『おとぼけ様』という都市伝説を見つけました。
わたしは『おとぼけ』という名前のアカウントを作成し、これをクラスの皆で共有しました。そして作戦を開始しました。
まずは彼女たち三人にメッセージを送ります。そう、都市伝説になぞらえて。
「わたしの名は『おとぼけ』。わたしはそなたたちに未来を伝えるために現れた」
最初、彼女たちは誰かのいたずらだと思ったようで、信じる様子はありませんでした。
けれどわたしたちは彼女たちの誰かに順番に『おとぼけ様』のアカウントでメッセージを送りました。怪我や事故など、不幸の予言です。文体はなるべく簡素にしてばらつきをなくすことにしました。
もちろん、怪我や事故なんて、そうたびたび起きるものではないですから、ほとんどは演技でした。けれど中にはほんとうの怪我もあり、そんな時は彼女たちが傷を確かめられるように、教室で傷の処置を見せたりしました。怪我をした時にはすぐさまそのことを予言として送信し、その後に怪我をしたかのように振る舞いました。
彼女たちは偶然とは思えないほどの予知精度に驚いたようです。そして『おとぼけ様』の言うことを徐々に信じるようになっていきました。
彼女たちは、『おとぼけ様』に見込まれたことに優越感を持っていたようです。おおっぴらに自慢したりはしないものの、常に誰かの不幸を心待ちにするようになりました。
そして、『おとぼけ様』の予言は当たり続けます。わたしたちは怪我の程度を軽いものから徐々に重いものにしていきました。
指を切ったとか捻挫したとか、小さな不幸から始まり、包帯を巻いたりネックカラーを装着したりと、徐々に大袈裟にしてゆきます。最後に演劇部の友人が、松葉杖姿で迫真の演技を見せてくれました。
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