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ですから彼女たちは相手に気づかれずにメッセージを送信することができます。三人とも、おとぼけ様が誰かに憑依し、自分にメッセージを送ったと思ったことでしょう。
そう、彼女たちは皆、いっせいに『おとぼけ様』の容疑者となったのです。
「あっ……あんたが『おとぼけ様』だろ!」
「嘘つけッ! あんたこそ『おとぼけ様』なんだろ!」
ゴトン、とリンゴが床に落ちる音がしました。ナイフはリンゴに刺さっていますから、それはナイフを手にしたという証拠でした。もう二回、その音が鳴りました。恐怖に支配された彼女たちは、無我夢中で『おとぼけ様』を消すための武器を手にしたのです。
『ちょっとだけ我慢してね』
『私よりはましだと思うけど』
さらにメッセージを送って数秒後、恐怖に満ちた悲鳴が響きます。
「お前、ほんとは葵なんだろ! 死人はおとなしくしてろッ!」
「ひっ……違ッ! やっ……やめてっ!」
もう、わたしたちの脳裏から『容赦』という言葉はなくなっていました。
『こっちへおいでよ』
『もうおこっていないよ』
『こんどはなかよくしようよ』
「こっ……殺してやるッ!」
彼女たちの誰か、恐怖で気が動転したようです。すぐさま教室の中は騒然となりました。
「いっ、痛いッ! やり返しやがったな、このおとぼけがっ! 殺してやる! テメーに連れていかれてたまるか!」
「あたしはおとぼけなんかじゃないッ! おとぼけはあんただろ! 殺られる前に殺してやるッ!」
「ぎゃっ!」
「ぎゃーっ!」
「ひっ、いてェ――!」
わたしはそろそろだと思い、手持ちの鍵で扉を開けました。
すると三人は見るも無惨な姿になっていました。ナイフを握る手はひどく震え、顔や手足からは血がしたたり落ち、制服は赤黒く染められています。わたしは即座に叫びました。
「助けにきたよ!『おとぼけ様』の追い払い方がわかったの!」
三人とも、えっ、と驚嘆してわたしに視線を向けました。
「ナイフを手離して土下座をして。それから『おとぼけ様、どうかここから立ち去ってください』とお願いするの!」
聞いた三人は慌ててナイフを放り投げ、床に頭をこすりつけ必死に哀願しました。
「「「おとぼけ様、どうかここから立ち去ってくださいッ!」」」
わたしはひれ伏した三人を横目に、血まみれのナイフを拾い集めました。彼女たちは助かったと思ったようで、床にはいつくばったままわんわんと泣き始めました。
そうしてわたしたちと葵の『復讐劇』は幕を閉じたのです。
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