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「けれどお姉さん、どうしてわたしが『おとぼけ様』だとわかったんですか」
すると屋上の扉が軋みながらゆっくりと開く。姿を現したのは西成だった。
「話は聞かせてもらいました。申し訳ないのですが録音もさせていただきました」
西成が懐のスマホを掲げて見せると、今村の顔がぎゅっと険しくなる。これだけの大胆な計画を実行するのだから、本来の彼女はおそろしく勝気な性格のはずだ。
「あなただったんですね、わたしの作戦を見抜いたのは」
今村は恨めしそうに低い声を発した。
「はい。この筋書きはほんとうに見事だと褒めたいくらいです。この『怪異』の謎は、ほとんどお手上げだと言っても過言ではありませんでした。
ただひとつ、前田さんがあなたの『嘘』に気づかなければ――」
「嘘――?」
そこで西成は鞄から三冊のノートを取り出して見せ、視線で前田に合図をする。前田がその理由を説明する。
「今村さんは『ノートを分担して書いた誰かが、その質問をしたんだと思います』ってわたしに言っていたわ。それなのに彼女たちが怯えた『おとぼけ様って、誰――?』の一文は、三冊とも同じ筆跡だったの」
今村の口元が強く引き結ばれる。
「そして、その筆跡に一致するノートは一冊だけあったの。そのノートの英語のページには『superior――より優れた』、『abyss――奈落・深淵』という単語が書かれていたけれど、この「優」と「奈」の字は、とある名前とまったく同じ筆跡だったのよ」
前田は鞄から一枚の紙を取り出して今村の目前に掲げる。
それは見舞いにきた者が記入する、面会者名簿のコピーだった。指で示した場所には、「今村優奈」と直筆で名前が書かれていた。
前田は今村を正視して言う。
「これはすべて今村さんが書いた言葉だったのね。だから自分が書いたのを誤魔化すためにその嘘をついたのだと、わたしは思ったの」
それは復讐を買って出た今村優奈の、ほんのわずかな油断だった。
今村は覚悟を決めたようで両手を揃えて西成の目の前に差し出した。けれど西成はその上に自身の手をかざし、伸ばした手を収めさせる。
「わたしを捕まえないんですか」
「私にはそんな権利はありません。それに犯行に及んだのは彼女たちの思い込みと独断です。――あなたは罪を問われる立場ではないのです」
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