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「ふふ、弁護士って口だけで臆病な生き物なんですね。もしわたしがこれから彼女たちを殺したら、弁護士さんも『未必の故意』に問われませんか」
「そうかもしれません。でも、私はただ――あなたが心配なだけなのです」
今村は目を二倍に見開いた。
「この件で一番傷ついているのは、今村さん自身です。私は今村さんが一生、自分のせいで友達を失ったという後悔を背負って生きていくのが、ひどく不憫なことに思えたのです。
だけど桜田葵さんが今村さんに助けを求めなかったのは、あなたを守りたかったからに違いないと、私は思っているのです」
今村は左腕のミサンガに手を重ねた。西成の目に映る今村の表情は、持ち前の冷静さを失い崩れていく。
「桜田さんは自分の未来をあなたに託したのではないでしょうか。ですから、あなたはその未来を大切に育まなくてはいけません」
今村がすがるように前田に視線を移すと、前田は指を自分の唇の前に当てて内緒の仕草を見せた。この事実を秘密にする、という意味でそうしたのだ。
ふたりの意図に気づいた今村はうつむいてぽつりとこぼす。
「わたし、弁護士っていうのは手遅れの職業かと思っていました。死んだ人の命を計算したり、黒を白に塗り替えてお金を稼いだり。でも、ほんとうはそうでもないんですね……」
涙ぐんで声を震わせる今村は、今まで耐えてきた呵責の念から解き放たれているように見えた。
「あの……質問があります。弁護士になるってどれくらい大変ですか?」
西成も前田も、その質問にはぎょっとする。けれど前田はすかさず言い切った。
「あなたなら、きっとなれる」
「でも……こんな犯罪者に資格はあるんですか」
今度は西成が目を細めて口元をやわらかくしならせる。
「私の目には、未来ある若者の姿しか見えませんけどね」
そんなふたりの哀れみ深い言葉に、今村は無言で頬を濡らした。最後に前田が今村の背中を押す。
「さあ、学校に帰りなよ。遅くなるとクラスメートが心配しちゃうよ」
「ありがとう……ございますっ!」
今村は深々と頭を垂れ、きびすを返して屋上を去ってゆく。
その背中を見送りながら前田は思う。彼女のような優しくて賢い子は、これからたくさんの人に手を差し伸べていくのだろうと。
見上げるとトワイライトの空には、笑顔のような下弦の月が浮かんでいた。
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