80人が本棚に入れています
本棚に追加
/114ページ
★
それから数日が経った。
『診療部門特別相談室』の電話が鳴り響く。受けた前田は相手を確認すると送話口を手で押さえ、西成に声をかけた。
「西成先生、警察から電話です。よろしいでしょうか?」
「はい、私のほうで対応します」
西成が代わると、大林が電話の向こうで鼻息を荒くしていた。
「西成先生、入院している三人は、犯行の動機を自白したんですか?」
耳が痛くなるほどの音量に西成は顔を歪めた。受話口を耳から遠ざけて返事をする。
「まだですね。ちなみに彼女たちは先ほど退院していきました」
「退院!? じゃあ、あなたたちはいったい、今までなにをやっていたんですか! あなたに期待した私が馬鹿だったようですね。もういいです、あとは警察で事情を聴取しますから!」
憤慨して問いただす大林に対して西成は悠然と言い返す。
「その事情聴取のことですがね、彼女たちに聞き込みをするのは御法度ということになりました。これは精神科の専門医でいらっしゃる畠山先生のご判断です」
彼女たちは傷と心のケアのために、今までとは違った日常を送ることになる。もちろん、トラウマをほじくり返すことになる警察の聞き取り調査など、もってのほかという見解だ。
今村優奈の作り出した『怪異』は、もう誰も知ることはない。
「なんだと!? だがそれでは真相が迷宮入りになってしまう! この件は、この件こそは……ッ!」
いよいよ狼狽する大林に向けて西成は最後の言葉を放つ。
「大林警部、重々気をつけてください。あなたの手柄を求める欲望は、いつか『怪異』を生み出すかもしれませんからね」
そしてみずから電話を切った。前田は西成の毅然とした態度を眺めながら、少しだけ満足な気持ちになっていた。
ふと目があったところで西成が前田に尋ねる。
「今村さんは、ほんとうに弁護士を目指すんでしょうか。前田さんはどう思いますか?」
「ええ、わたしはそんな気がしています。あの子の賢明さと執念があれば、どんな難関でも乗り越えていけるでしょうから」
すると西成は一瞬、鋭い眼差しを見せた。重々しく、しかしゆったりとした口調で前田に問いかける。
「それではもうひとつお尋ねします。前田さんは弁護士を目指そうとは思わなかったのですか?」
その言葉に前田は顔をこわばらせた。なぜなら西成の言葉は、前田が西成の下で働いている真の理由に気づいている気配があったからだ。
前田は無言で瞳の矛先を西成に突きつける。銀縁眼鏡の奥に輝く眼光は鋭く、前田の抱いている反抗心を迎え撃つかのようであった。
最初のコメントを投稿しよう!