【第三話 怪異の復讐劇】

28/28

79人が本棚に入れています
本棚に追加
/114ページ
★ 自宅に着いた前田は仏壇の前に正座をして線香を立て、両手を合わせる。蛍光灯の光が仏壇を照らし、美しい金箔の彫刻が輝いている。その前に飾られた遺影は実父のものである。 りんの心地良い響きが部屋中に広がり、心を委ねるように手のひらを合わせる。瞬間、心の奥からさまざまな想いが満ちてきた。 ――お父さん、ごめんなさい。わたし、今すごく戸惑ってしまっているの。 周囲の騒音が遠ざかり、自身の心臓の鼓動しか聞こえなかった。 しばらくの時間が経ち、まぶたを開くと母が声をかけてきた。 「美穂、仕事は最近どう? 順調?」 母は社会人になりたての前田のことを気にかけているようで、しばしば職場の状況を尋ねてくる。 「うん、事務職だけど、病院の職員って思ったより大変なのよ。面倒な案件ばかりだし、上司からの注文も多いし、けっこう頭を使うのよ」 前田はつとめて明るく振る舞うが、喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。 ――その上司が西成先生という弁護士なの。お母さん、知っているでしょう? 前田の兄はとうに自立して家を出ており、今は母とふたり暮らしをしている。上司が「西成仁という弁護士」という事実は、その兄にも言えずにいることだ。 もごもごする前田に、母は肩を軽く叩いてエールを送る。 「でも美穂の頭脳と根性なら、どんな仕事だって大丈夫!」 応援してくれるのはありがたいけれど、前田はいつも西成の読みの深さに及ばず、ほぞを噛む思いばかりしている。 ――お母さん、わたしなんて、西成先生の足元にすら及んでいないんだから! 前田はふたたび両手を合わせて閉眼し、ぎゅっと唇を噛み締める。 その指は自身のふがいなさに打ちひしがれるように、冷たく震えていた。 (第3話 完)
/114ページ

最初のコメントを投稿しよう!

79人が本棚に入れています
本棚に追加