77人が本棚に入れています
本棚に追加
/114ページ
「西成先生、お言葉ですが」
医療弁護士として東山総合病院に拠点を構える西成仁のうら若き秘書、前田美穂はいつにもまして不機嫌な声を発した。
「なんでしょうか、前田さん」
「机の上に散らばった論文、片付けていただけませんか。異国の文字の羅列が目障りでございます」
「ああ、それは森山先生の論文ですね」
西成は前田の心中が低気圧状態なことに気づいているはずなのに、素知らぬ顔で間の伸びた返事をする。
「森山先生は立派になられましたからね。この論文を出版できてから七年、早いものですね。私がこの病院に来て間もない頃でした」
思い出すように言う西成は感慨深げだが、対照的に前田の表情はひどく歪んでゆく。
前田は反抗心を堪えて言い返す。
「研究実績を積み上げ、今や名高い外科部長。この病院になくてはならない存在です」
「あの頃は森山先生、だいぶ尖っていましてね。今では考えられないですが。人間には人生のターニングポイントっていうものがあるようです」
まるで見透かしたかのような西成の言い草に、前田の握りしめた拳がわなわなと震える。
西成が前田の過去を知っているのかどうか、ことあるごとに探りを入れていたのだが、西成が明確に触れることはない。
そして前田は、この東山総合病院に就職した真の目的をいまだ果たせずにいる。
そう、それは遡ること八年前――。
最初のコメントを投稿しよう!