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ナーステーションでは看護師長と病棟の看護師、それに数人の事務員が集まり、奥まった小部屋で話し合いをしていた。皆、揃いも揃って狼狽した表情をしている。主治医の三上はいまだに隣の面談室で患者家族に経緯を話しているようだ。押し問答が続いているのだろうか、かれこれ小一時間になるという。
患者の担当だった勝俣という若い看護師は冷静でいられるはずがなく、涙で化粧を崩して打ち震えていた。西成が輪の中に加わると、皆はすがるような表情で西成に顔を向けた。西成は落ち着いた声で勝俣に尋ねる。
「勝俣さん、詳しい状況をお聞かせ願いたいのですが」
「……はい、なんでもお答えします」
勝俣はかすれた声を絞り出して答えた。
「患者さんはどちらにいらっしゃいますか」
「その、まだ……」
言葉を発することすらままならない勝俣に代わって師長が言う。
「病室で横になっています」
「主治医は状況説明の途中なんですね」
「はい、別の看護師が同席しています」
「そのほうが良いでしょうね、勝俣さんだってショックなはずです。少し休ませてあげましょう」
西成はひときわ優しい声でそう言った。
医療事故の犠牲者には患者やその家族だけでなく、医療従事者も含まれることを、西成は深く理解している。責任を感じ、心に傷を負い、それが時には離職にまでつながってしまう。ひとつの事故が多くの人々の人生を狂わせることはしばしばある。
その時、面談室の扉の向こうから感情を剥き出しにした怒号が飛んできた。
「覚悟しておけよ、お前らのしでかしたことは日本中に広めてやるからな!」
相当な剣幕であったため、ナースステーションのスタッフは皆、硬直して黙り込んだ。医療事故ひとつで築いた信頼は簡単に壊れる。家族からしてみればこの病院のスタッフは犯罪者扱いなのだろう。終わりが見えない険悪な雰囲気に、全員が沈黙していた。
「それでは話がひと段落する前に、実況見分をさせていただきたいです。お部屋を拝見してもよろしいですか」
ひと段落などあり得ない状況だが、西成は空気を和らげるためにあえてそう言った。焼け石に水かもしれないが、そんな頼りない打ち水ですら必要な状況であった。
「はい、私がついていきます」
師長が名乗り出たので、西成は前田と師長とともに病室へと向かう。
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