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裁判長は原告を諌め、脱線した議論を元に戻す。
「では証人の金井さん、あなたは担当医ではありませんでしたが、研究対象としていた患者に医療過誤があったことに気づきましたか?」
すると金井は一瞬だけ逡巡し、不可解なことを口にした。
「うーん、その点はまだ黙秘権を行使させていただきたいです。でも、おこなわれた医療が正しかったかどうかは、サンプルの分析結果を見ればわかることです。でも、その結果を説明できるのはたぶん――僕だけです」
法廷は金井の怪しげな言動にざわついた。そして金井の言葉を戯言とみなすのは原告側の人間だけではなかった。眉根を寄せる森山も疑念に駆られたひとりだ。
「では、話を進めましょう。金井さんが提出されたサンプルのビタミンB1濃度の測定結果を開示したいと思います」
「僕もぜひ、結果を知りたいです」
金井は奇妙なほどに目を輝かせている。
「西成弁護士も、よろしいですね」
「はい、この分析結果によって真実を明らかにしていただきたい次第です」
裁判員のひとりが白茶色の封筒を掲げる。
「それでは開封します」
裁判員が用意されたペーパーナイフで慎重に封を切る。中にはA5サイズの検査結果報告書が八枚入っていた。
結果報告書は日付順に並べられている。サンプル採取は週に二回実施され、問題となった高カロリー輸液を開始した直後から死亡する三日前までの期間であった。
検査センターによると、ビタミンB1の基準値は20から80 ng/mLに設定されている。
裁判員が検査結果の数値を読み上げる。
「〇月〇日、1回目の採血、濃度は34 ng/mLです」
森山はぐっと奥歯を噛み締めた。正常値とはいえベースラインで低目だったことは大きな懸念である。裁判員は結果報告を続ける。
「〇月〇日、二回目の採血、濃度は30 ng/mLです」
「〇月〇日、三回目の採血、濃度は26 ng/mLです」
徐々に下がる数値に、森山は心臓が掴み取られるような恐怖を覚えた。数値が基準値を割ることがあれば、客観的にビタミンB1の欠乏があったと判断されるに違いない。
「〇月〇日、四回目の採血、濃度は23 ng/mLです」
「〇月〇日、五回目の採血、濃度は21 ng/mLです」
じわりじわりと目の前に迫りくる崖の縁が、自身を吸い込んでいるように思えた。
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