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患者の兄の表情はひどく歪み、幽霊を見たかのように青ざめていた。
彼の弁護士である石渡は、手中に収めていたはずの勝利が指の隙間からこぼれていったことに愕然としていた。
雌雄を決するという言い方をするならば、それは明らかだった。けれども、皆の意識を支配していたのは、どちらが是で、どちらが非かという明確な結論ではなかった。
闘病中の患者に目を向けることなく、死後に裁判という手段で医療に非を押し付けた患者の兄。
診療技術ばかりを追求するあまり、患者に寄り添うのを忘れ重大な見落としを起こした外科医。
医療過誤を恣意的に看過し、同僚を守るために患者との約束を反故にしたもうひとりの外科医。
医療従事者の非に付け込み、消えた命を利用して自身の名声にしようと画策した狡猾な弁護士。
そして登場人物の心理を俯瞰し、法廷をドラマの場に創り上げた、もうひとりの聡明な弁護士。
この法廷には最初から正義や悪など存在しない。
ただ、この場に集められたそれぞれに、強固な信念と小さな過ちが散りばめられていたのだ。
それが医療という現場で起きた事象であったため、法廷という厳粛な場で顕在化したのである。
西成は最後に締めくくる。
「これ以上、互いを苦しめ合うのは不毛なことです。我々がこれからすることは、患者さんのご冥福をお祈りし、自身を省みることでしょう。
今日の裁判は、そのためにおこなわれたものなのでしょうから――」
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