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帰路につく三人は無言だった。
金井と西成の尽力が功を奏し、罪を被ることはなかった森山だが、それでもなお自分から頭を下げることははばかられた。
ただ、どうしても拭えない違和感については西成に尋ねてみたかった。
「あの、西成先生」
「はい、なんでしょうか森山先生」
西成は今日の裁判を忘れ去ったかのように、さらりと返事をする。
「西成先生はこんなに不利な裁判だっていうのに、最初から結果が見えていたような雰囲気でした。ほんとうに勝算はあったのですか?」
「ああ、勝算とは、ビタミンB1の血中濃度の結果を知っていたかということですか?」
「はい。明暗を分ける証拠といえばそれですから」
「そうですねぇ、知っていたと言えば知っていますが――」
「えっ!?」
しらじらしくも端正な顔のラインを撫でながら宙に視線を浮かせる。にやりと口元を緩めた。
「あなたはほんとうに優秀な同僚をお持ちだ」
視線を金井に移す。
「金井先生が分析されたんですよ、ビタミンB1の血中濃度を」
「まさか!」
森山は目を見開いて驚きをあらわにし、金井に視線を移す。
「サンプルは渡したんじゃなかったのか!?」
「うん。でも、サンプルは凍結と解凍を繰り返すと目的の物質が失活しちゃうかもしれないでしょ。だから、いつもいくつかに分けて保存しているんだ。渡したのはそのうちのワンセットだけだよ。僕たちの研究にはなんの支障もない」
「なんてことだ……でも測定の精度には自信あったのか?」
「まあね。高速液体クロマトグラフィーはしょっちゅう使っていたから。大学で何千サンプル分析したかわからないよ」
「お前、研究技術員に任せていなかったのかよ……」
森山は再三、驚かされた。ここまで研究者としての優れた資質と、愚直な努力を厭わない根性を見せつけられたのだから、さすがに負けを認めざるを得ない。肩が落ちるほどに脱力した。
西成はさも納得したようにうなずく。
「しかし、金井先生の分析精度の高さはほんとうに素晴らしいです。専門の検査機関との誤差がすべて五パーセント未満だったのですから」
「そうですか。……まったく、お前って奴はほんとうに呆れるな」
金井はほのかに照れたような笑みを浮かべて言う。
「でも良かった、友達を助けることができて」
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