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森山はぎょっとした。そして同時に、金井が裁判中に自分のことを「僕の友人」と呼んでいたのを思い出す。森山自身、金井は目障りなライバルでしかなかったが、金井の寛容で真摯な性分に助けられたのだとあらためて思い知らされた。
森山の口からは、自分でも驚くような素直な言葉がもれた。
「……ほんとうに悪かった」
「ん、なにが?」
金井は今までの森山の態度など、すっかり記憶にないような顔でけろっと返事をする。
「いやさ……お前が俺の患者のサンプルを取っているのを悪く言ったことだよ。俺はそれで助けられたんだから頭が上がらない」
ほんとうは金井自身を全面否定していたことに対して謝るべきだが、そこまでは暴露できない自分自身が歯痒かった。
けれども、金井はそんな森山に向かってやわらかな笑顔で返事をした。
「じゃあさ、一緒にやろうよ」
「え? 一緒に、ってなにをだよ」
「そりゃあ臨床研究だよ。僕らが力を合わせれば、いろんな興味深い検証ができるはずなんだから」
医者の仕草とは思えない、茶目っ気のあるウインクを放つ金井。
「お前……この俺を、研究仲間に加えるってのかよ……」
「だって、もともと仲間じゃん」
あどけなさすぎる返事を聞いた森山は、柄にもなく打ち震える。
「俺……お前みたいに頭良くないし、続けられる根性もないかもしれないぞ。足引っ張るかもしれないんだぞ」
「いいじゃん、僕だってひとりじゃ限界があるから、きみみたいに頼れる臨床医がいれば心強いよ」
そう言ってにかっと白い歯を見せて満面の笑みを浮かべた金井は、無邪気な少年のようでもあり、手練の戦士のようでもあった。
森山もまた、ごく自然に一縷の不安もない笑顔を浮かべていた。なぜなら、こんなにも傍にいた仲間が、進めなかった未来への道しるべとなってくれたのだから。
森山は金井に向かって、みずから手を差し出して言う。
「俺はこんな意固地な奴だが、お前の能力は信頼できた。どうか、これからよろしくな」
けれども金井はにやりと口角をあげ、その手をぴしゃりと跳ねのけた。
「握手は研究成果が実ったらにしような。その約束、破らないでくれ」
「ひでえ、俺の商売道具の手を弾くとは、なんて忖度のない奴だ!」
「あはは、じゃあ手術代わってあげるからその間に勉強してなよ」
「なんだと! 俺は毎日、論文を三編は読んでやるからな。もちろん手術も渡さねえ。待ってやがれよ」
そんなふたりのやり取りを見て、西成は斜陽のような眩しさで笑った。
(第4話 完)
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