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前田の口からは、烈火のごとき怨念が吐き出された。
「西成先生、あなたのせいでわたしの母がどれだけ苦労したか、わかっているんですかっ!」
前田の怒りは頂点に達していた。八年間、ずっと溜め込んできた怒りのすべてが爆発したのだ。前田の胸中には、西成に対する意趣遺恨が溢れていた。声を荒らげて西成に盾突く。
「父の兄は、あなたの仕掛けた騙し討ちのせいで負けたんです。あなたがいなければ、判例に従ってこの裁判は幕を下ろしたはずだったんです!」
前田は西成に刃のような視線を突きつける。まるで親の敵を目にしたかのように。
「わたしの母は、受け取れるはずの賠償金を受け取れず、苦労して兄とわたしを育ててきたんです。自分の楽しみをすべて捨てて、休まず仕事ばかりしていました。わたしはその復讐をするために、あなたのいるこの東山総合病院に就職したんです!」
前田は西成の秘書となった時、すべてが思い通りに運んでいると確信していたのだ。
しかし、衝撃の真実を打ち明けた前田に対してさえ、西成は冷静な表情を崩すことがなかった。
いや、まるでそうなることを予見していたかのように、不自然なまでに粛然としているのだ。
西成はおもむろに腕時計を確認し、そっと口を開く。
「前田さん、お気持ちはわかりますが、お座りになって五分お待ちください」
この場の雰囲気にそぐわないほど落ち着いた口調だったことに、前田は身の毛がよだった。唇を噛み締め、これ以上、西成の思うように操られてはならないと警戒心を剥き出しにする。西成の行動の裏には、自分の知らないなにかがあると感じ取ったからだ。
――この冷静な対応は、わたしが激怒すると予測していたかのようだ。
荒ぶる胸中をなだめながら、西成の意図を汲み取ろうとする。
――だとすると、論文を見せたのは、わたしを怒らせるための意図があったのかもしれない。
その時前田は、ある仮説にたどり着いた。いや、たどり着いてしまった。
――もしそうならば、西成先生はわたしの素性を知っていたのではないだろうか。
そのひらめきが的を射ているのなら、西成は前田を裁判で負かした相手の身内と知った上で、あえて秘書に採用したということになるのだ。
重く沈んだ空気が診療部門特別相談室を覆い尽くす。
前田は狼狽の色を浮かべ、うつむいて時が訪れるのを待つしかなかった。
一秒ごとに刻まれる壁掛け時計の針の音が、この部屋の唯一の音となっていた。
悠久にも感じられる時が流れ去って、ようやっと診療部門特別相談室にノックの音が響き渡る。
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