【第五話 ふたりの過去】

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「ふうむ、まぁ、私は採用においては、仕事に対する真摯さとモチベーションの高さを重視しますから」 西成の言うモチベーションが、自身への復讐を意味するものだと前田は察した。知っていた、という肯定の意味に思えた。 「西成先生、わたしが調べたところ、あなたは過去に裁判で負けを喫したことが一度たりともありません」 「たしかに敗訴したことはありませんが、なにかおかしいでしょうか」 西成は不思議そうな顔を前田に向ける。なにを言いたいか察しているからこそ、そんな素知らぬ演技をするのは西成の常套手段だと、前田は重々承知している。 「ええ、おかしいです。そんなのは証拠の捏造でもしないと無理だと思いました。ですからわたしは不正行為を見つけ出し、あなたを日本弁護士連合会に提訴しようと考えていました」 「残念ながら、その目論見は外れたようですね。なにせ私は不正行為とは無縁ですから。その点は一緒に仕事をして納得しているのでしょう?」 西成に瞳を覗き込まれると、心の内を見透かされているような気がしてしまう。降参の意思表示のように、うつむいて首を横に振る。 「正直、西成先生にはいつも感心させられてばかりでした。わたしでは敵うはずがないってこと、さんざん思い知らされました」 「けれど落胆することはありません。私だって、あなたに助けられたことは多々ありましたから」 「助けになりたいなんて思ったことは一度もありません。ただ仕事として尽力しただけです。 わたしはあなたに復讐できたのなら、退職して法科大学院に入学し、弁護士を目指そうと思っていたんです。 でも、ひとり相撲だと思い知らされたわたしにはもう、頑張るための理由がなくなりました」 社会人となった理由のひとつは、大学院入学のための資金稼ぎだった。しかし、もはや弁護士を目指す動機も気力も失われてしまった。お門違いの目論見を明かしてしまった以上、この東山総合病院で勤務を続けることなどできるはずがない。 前田が本心を露呈すると、西成は普段よりもなおさら穏やかな口調で尋ねる。 「それでは、一緒に仕事をしていて、私の采配はどう思いましたかね」 前田は一瞬、言葉を選ぼうとしたが、もはや気を遣う意味もないと考え直す。勇気を振り絞って西成を直視する。最後の反抗のつもりだった。 「西成先生はずるいです。だって、人間を知りすぎていますから」 前田の西成に対する印象に、西成はふっと小さく笑った。
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