【第五話 ふたりの過去】

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★ 前田の心に情熱の火が灯った。 ――できるだけ早く弁護士にならなくては。西成先生と肩を並べられる存在になってみせるんだ。 しかし、弁護士までの道のりは容易くはない。法学部を卒業しただけでは試験の受験資格はなく、二年間の法科大学院(ロースクール)に通う必要がある。 父を亡くした前田の家は、アスベスト被害の補償はあったものの、経済状況に余裕があるわけではない。社会人になってからの貯蓄も十分ではなく、法科大学院に通うほどの余裕はない。しかし、それでも仕事を続けながら弁護士を目指す道は残されていた。 それは、司法試験予備試験の合格を目指すことだ。 司法試験予備試験は年齢制限なく受験でき、これに受かりさえすればロースクールに通わなくとも司法試験の受験資格が得られる。 けれども、合格率はおよそ三パーセント、きわめて険しいルートである。 しかし、前田は西成のもとで働きながら、予備試験からの司法試験合格を目指していた。 ――西成先生には、きっと時間が残されていないはず。 そう察した前田は今までにない真剣さで勉学に注力し、仕事以外の時間をすべて法の習得に費やした。 六法である憲法・刑法・民法・商法・刑事訴訟法・民事訴訟法、それに行政法を加えた基本七法はすべて暗記し、評判の参考書は読破し、過去問はすべて解き伏せた。 ――西成先生の目の黒いうちに、絶対に合格してみせるんだ。 その決意は復讐よりもはるかに力強い原動力となっていた。 前田は西成の様子を注意深く見ていたが、具合の悪そうな様子は見られなかった。 ――だけど、いつなにが起こるかわからない。 電子カルテをこっそり開こうと企んだ時もあったが、ロックがかかっていて閲覧できなかったことが、前田の不安をさらに煽っていた。 そして二年の歳月が流れた。
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