【第五話 ふたりの過去】

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★ 「西成先生、司法試験に合格しました!」 前田はかつての自分では想像できないほどの満面の笑顔で西成に結果を報告した。 「おお、よくやりましたね、前田さん。予備試験も本試験も一発合格とは恐れ入ります。これで、ついに私と同じ土俵に立つことができたのですね」 西成は心からの喜びを浮かべてうなずき、手を差し伸べた。しかし、前田の表情は一瞬で曇りを帯びた。 「西成先生、嘘をつかないでください。先生はわたしが先生と同じ土俵に上がれる人間だなんて思っていないはずです」 けれども、西成もたやすく同意するはずがない。 「伸びしろのある人間を評価できなくては、弁護士として務まるはずがありません。あなたの成長は、少なくとも当時の私よりも素晴らしいものです」 「先生、だけどわたしは……」 前田が言葉に詰まると、西成はその理由を察し、間髪入れずに口を開いた。 「理由はどうあれ、あなたは高いモチベーションでここまで頑張ってきたのです。その結果として、あなたは資格を手にしたのです。努力が実を結び、スタートラインに立ったことに変わりはありません」 スタートライン、それは前田がこれからしなければならないことを暗示していた。 弁護士になるためには、まず司法試験に合格し、その後一年間の司法修習を受け、最後に実施される「考試」に合格する必要がある。この司法修習は、いわゆる法曹の見習い期間であり、法を扱う専門機関での修習が求められる。弁護士として業務を請け負えるのは、その後からとなる。 「わたしはこれから一年、司法修習を受けてくるつもりです。考試には必ず合格し、この職場に戻ってきます。だから西成先生、絶対に待っていてください!」 前田は力説するが、西成は悪戯っぽい笑みを浮かべ、軽く受け流すような返事をする。 「ふふっ、私に待っていろというのですか。でも、その前に私があなたを司法修習に行かせると思いますか?」 前田は西成の否定的な言葉に瞠目した。 「西成先生、せっかく受かったんですよ! 先生がわたしの弁護士の道を閉ざすというのですか!」 「いやいや、誰もそうとは言っていませんよ。司法修習に行きたいのであれば、私の『卒業試験』に合格する必要があるということです」 ――『卒業試験』ですって? 西成は立ち上がり、にスーツの上着を羽ばたくよう整え、悠々と前田の目前に立ちはだかった。 「明日、ここには厄介事が紛れ込んでくるようです。そこで前田さんの成長を見させてもらいます」 (第5話 完)
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