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24.王命裁判
ついにその日がやってきた。
王命裁判が開かれるその日、レティシアは公爵家の大きな馬車を、王宮の前で降りた。
貴賤問わず見物人が集まった状況で、レティシアはピンと背筋を張り、ただ前だけを見つめていた。
周囲の声など聞く必要はない。
「レティ」
レティシアをエスコートする兄が振り返る。
その先にいる父も、振り返っている。その顔は、どこか心配そうで。
父なりに娘を案じているのだろうか。それとも、王太子が王命裁判にかかるという前代未聞の事態に、国を憂いているのだろうか。
「大丈夫だからね、レティ」
兄が優しく、強く手を握ってくれた。
裁判所の雰囲気を呈した王宮の大広間には、たくさんの貴族たちが集まっていた。
これは普通の社交界とは違うため、この場に入れる貴族たちも限られている。
中に入れない貴族たちは、外で集まって噂話をするのだろうか。
そして、結果を待つのだろうか。
そんなことを考えながら、レティシアは席に着いた。
ずらりと一同が揃う。
国王、王妃に、名だたる貴族たち。
その中には、エデルガルド公爵家の姿もある。
そんな中で、朗々と述べるのは、国王が調査を命じた人間。
「このたび、国王陛下より調査を命じられました、アルバーニ子爵家のリベルト・アルバーニと申します。中立的に厳正な調査を行い、嘘を使わずに報告することを、国王陛下に誓います」
宣誓の言葉を述べ、
「ロードリック王太子殿下は、王立アカデミーにて」
まずは事実のみが並べられる。
つらつらと並べられるものは、私情を挟まない、端的な事実のみ。
これだけで、アカデミー内でおさめられていた出来事が、社交界の貴族たちに明るみになっていく。
「さらに王太子殿下は、アークヴィースト公爵令嬢に対して、手紙による脅迫、殺害予告、さらに襲撃を指示されました」
膝の上で軽く重ねられた手に、自然と力が入った。
本当に、よくこんな中で生きてきた、と思う。
何度もくじけそうになりながら、それでも何度も周りに支えられながら、生きてきた。
「この件に関して、王太子殿下は黙秘を続けておられます」
居心地が悪そうな彼は、じっと口を結び、うつむいている。
まだ喋る気はないらしい。
「アークヴィースト公爵令嬢、証言台へ」
アルバーニ子爵の言葉で、動揺を見せることなく立ち上がり、ゆっくりと会場中の視線を集めながら歩いて、証言台の前に立った。
「王太子殿下から手紙を受け取っていた、というのは事実ですか?」
「最初は、誰からかわかりませんでした。アカデミーの寮の部屋の前に置かれた手紙に、脅迫ととれる内容が書かれていました。のちの調査で、それが王太子殿下からのものだとわかりました」
「違う!」
「王太子殿下、お静かに願います」
ようやく口を開いた王太子は、アルバーニ子爵から静かに睨まれる。
「その女は私を陥れようとしているのだ!これこそ反逆の」
「王太子殿下」
それでもなお言葉を続ける王太子に、集まった貴族たちは冷めた目を向けていた。
国王と王妃でさえ息子を庇おうとはしない。
「アイリス・コンラッド嬢、証言台へ」
この場には、当然アイリスも呼ばれていた。
レティシアと入れ替わるように、彼女が証言台に立つ。
「あなたは、王太子殿下に言われて、レティシア嬢に手紙を届けましたか?」
「はい。お茶会に誘う手紙や、謝罪の手紙と聞いていました」
ためらわず、すぐに答えていた。
「それを信じていたのですか?」
「王太子殿下は、つねづねアークヴィースト公爵令嬢へのお気持ちを語っておられました。家が決めた婚約関係でも愛そうとしていると、仰られていました。そのために、協力をと思って……」
それは嘘だ。彼にレティシアへの気持ちがなかったことは、幼い頃から感じていた。
アイリスをも利用して、いったい何をしようとしていたのだろう。
「ありがとうございました」
アイリスが一度礼をして証言台を降りる。
「では、王太子殿下、証言台へ上がってください」
「……っ」
彼は一瞬躊躇した。
アイリスが、彼に悲しそうな視線を送る。
ぐっと覚悟を決め、彼は立ち上がる。
そして、証言台の前に立った。
「アークヴィースト公爵令嬢に宛てられた手紙の封蝋印が、王太子殿下のお部屋から見つかりました。また、手紙の代筆人から王太子殿下に依頼された証言も得ました」
アルバーニ子爵は堂々とそう告げ、
「あなたは、アークヴィースト公爵令嬢を、手紙で脅迫しましたか?」
王太子にも容赦なく質問する。
「……あぁ」
ロードリックは言葉に詰まりながらも頷いた。
この場で嘘を吐くリスクを考えているのだろう。
「理由は?」
「気に入らなかった」
思わず両手に力がこもった。
「あの女は、俺をたてることも知らない。不遜なふるまいが気に入らなかった」
「それで、襲撃まで?」
ただそれだけの理由で、下手をすれば命を奪いかねないことまで指示したのか。
矢が飛んで来た程度のことではあったが、ほんの一瞬気づくのが遅れれば、きっと当たっていた。
それがレティシアだったらまだいい。一緒にいた友人たちに当たっていれば、レティシアはきっと彼を許すことはできなかっただろう。
「それは……何をしても、全く動じていなかったから……」
レティシアが動揺しないことに焦れて、あんなことをしてしまったのだという。
あまりにも無責任な言葉に、レティシアは呆れることもできなかった。
「では、その手紙を、反貴族派の者に代筆させたのは?」
「それは知らなかった!本当だ!」
「つながりはないと?」
「あぁ、そうだ!」
この訴えに嘘はないと思った。それは何の理由もなく、なんとなく、ただ直感的なもの。
それにこの場では、きっとレティシアの直感よりも確かな証拠が提示される。
「代筆はさせた。筆跡でわかるおそれがあると聞いたからだ。だが、代筆者はノエルの推薦で選んだ。その男が誰であるかは調べていない。ノエルが調べているものだと……」
王太子が側近を信用しすぎていた。その信用を利用したものが、この場にいる。
「それでは、ヘーグルンド侯爵家次男、ノエル卿、証言台へ」
ここで呼ばれたのは、騎士団長の息子だった。
彼はバツが悪そうな顔をしていた。
その理由を、レティシアは知らなかった。
「王太子殿下に代筆者を紹介したのは、あなたですね」
「……はい」
「なぜ反貴族派の者を選ばれたのですか?」
「知らなかったのです」
嘘だ、と思った。
わずかに視線が揺らいだのもそうだが、これもまた、直感的なものだった。
「王太子殿下に紹介する前から関わりを持っておられるようですが」
アルバーニ子爵の言葉に、彼はぐっと押し黙った。
「それに、たとえノエル卿が知らなかったとして、王太子殿下に調べもしない者を紹介したことも問題ですね」
「ちが……っ」
ノエルはとっさに反論し、しかしぐっと押し黙った。
「それから、ノエル卿は、アークヴィースト公爵家を快く思っていないようで」
「な……っ」
これには会場の空気が揺れた。
レティシアも、思わず息を飲んでいた。
「公爵令嬢を陥れ、アークヴィースト公爵家を没落させるのが、目的だったのでは?」
「……っ」
ノエルは答えなかった。ぐっと唇を噛み、苦々しそう俯く。
「そのために王太子殿下を利用したのでは?」
「……そう、なのか……?」
ロードリックの声が堅くこわばっていた。
「違うだろう?ノエル」
騎士団長の息子であるノエルは、彼にとって唯一無二とも言える友人だったに違いない。
王太子の取り巻きとして最も近い位置にいたのは、いつだって彼なのだから。
「……から」
ノエルが小さな声で吐き出した。
ゆっくりとあげられた目は、レティシアに向いていた。
「アークヴィースト公爵家が王家を見下しているから……っ」
レティシアを、そしてその父を、睨むように見つめる彼は、
「騎士団長として、王家を支えてきたのは我がヘーグルンド侯爵家だ!」
と続けて宣言した。
「……そのために、王太子殿下を欺き、利用したと?」
「それは……っ」
それがどれほどの罪になるのか。
王族を欺いた罪は、決して軽くはない。
ヘーグルンド侯爵家がアークヴィースト公爵家とどんな関係にあったか。
レティシアが知る限り、そんな険悪な関係でもなかった。
アークヴィースト公爵家の方が格上で、しかし騎士団長の家系であるヘーグルンド侯爵家にも敬意をもって接するように教えられた。
だから、彼らを下に見たことはなかったし、対等な関係だと思ってきた。
それが、ヘーグルンド侯爵家の次男とはいえ、その一家の息子に、ここまで憎まれているとは。
「国王陛下、以上が今回の調査の結果でございます」
アルバーニ子爵が壇上に座る国王を振り返る。
深々としたお辞儀とともに告げられた言葉に、国王は王座から立ち上がった。
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