24.王命裁判

1/1
前へ
/26ページ
次へ

24.王命裁判

ついにその日がやってきた。 王命裁判が開かれるその日、レティシアは公爵家の大きな馬車を、王宮の前で降りた。 貴賤問わず見物人が集まった状況で、レティシアはピンと背筋を張り、ただ前だけを見つめていた。 周囲の声など聞く必要はない。 「レティ」 レティシアをエスコートする兄が振り返る。 その先にいる父も、振り返っている。その顔は、どこか心配そうで。 父なりに娘を案じているのだろうか。それとも、王太子が王命裁判にかかるという前代未聞の事態に、国を憂いているのだろうか。 「大丈夫だからね、レティ」 兄が優しく、強く手を握ってくれた。 裁判所の雰囲気を呈した王宮の大広間には、たくさんの貴族たちが集まっていた。 これは普通の社交界とは違うため、この場に入れる貴族たちも限られている。 中に入れない貴族たちは、外で集まって噂話をするのだろうか。 そして、結果を待つのだろうか。 そんなことを考えながら、レティシアは席に着いた。 ずらりと一同が揃う。 国王、王妃に、名だたる貴族たち。 その中には、エデルガルド公爵家の姿もある。 そんな中で、朗々と述べるのは、国王が調査を命じた人間。 「このたび、国王陛下より調査を命じられました、アルバーニ子爵家のリベルト・アルバーニと申します。中立的に厳正な調査を行い、嘘を使わずに報告することを、国王陛下に誓います」 宣誓の言葉を述べ、 「ロードリック王太子殿下は、王立アカデミーにて」 まずは事実のみが並べられる。 つらつらと並べられるものは、私情を挟まない、端的な事実のみ。 これだけで、アカデミー内でおさめられていた出来事が、社交界の貴族たちに明るみになっていく。 「さらに王太子殿下は、アークヴィースト公爵令嬢に対して、手紙による脅迫、殺害予告、さらに襲撃を指示されました」 膝の上で軽く重ねられた手に、自然と力が入った。 本当に、よくこんな中で生きてきた、と思う。 何度もくじけそうになりながら、それでも何度も周りに支えられながら、生きてきた。 「この件に関して、王太子殿下は黙秘を続けておられます」 居心地が悪そうな彼は、じっと口を結び、うつむいている。 まだ喋る気はないらしい。 「アークヴィースト公爵令嬢、証言台へ」 アルバーニ子爵の言葉で、動揺を見せることなく立ち上がり、ゆっくりと会場中の視線を集めながら歩いて、証言台の前に立った。 「王太子殿下から手紙を受け取っていた、というのは事実ですか?」 「最初は、誰からかわかりませんでした。アカデミーの寮の部屋の前に置かれた手紙に、脅迫ととれる内容が書かれていました。のちの調査で、それが王太子殿下からのものだとわかりました」 「違う!」 「王太子殿下、お静かに願います」 ようやく口を開いた王太子は、アルバーニ子爵から静かに睨まれる。 「その女は私を陥れようとしているのだ!これこそ反逆の」 「王太子殿下」 それでもなお言葉を続ける王太子に、集まった貴族たちは冷めた目を向けていた。 国王と王妃でさえ息子を庇おうとはしない。 「アイリス・コンラッド嬢、証言台へ」 この場には、当然アイリスも呼ばれていた。 レティシアと入れ替わるように、彼女が証言台に立つ。 「あなたは、王太子殿下に言われて、レティシア嬢に手紙を届けましたか?」 「はい。お茶会に誘う手紙や、謝罪の手紙と聞いていました」 ためらわず、すぐに答えていた。 「それを信じていたのですか?」 「王太子殿下は、つねづねアークヴィースト公爵令嬢へのお気持ちを語っておられました。家が決めた婚約関係でも愛そうとしていると、仰られていました。そのために、協力をと思って……」 それは嘘だ。彼にレティシアへの気持ちがなかったことは、幼い頃から感じていた。 アイリスをも利用して、いったい何をしようとしていたのだろう。 「ありがとうございました」 アイリスが一度礼をして証言台を降りる。 「では、王太子殿下、証言台へ上がってください」 「……っ」 彼は一瞬躊躇した。 アイリスが、彼に悲しそうな視線を送る。 ぐっと覚悟を決め、彼は立ち上がる。 そして、証言台の前に立った。 「アークヴィースト公爵令嬢に宛てられた手紙の封蝋印が、王太子殿下のお部屋から見つかりました。また、手紙の代筆人から王太子殿下に依頼された証言も得ました」 アルバーニ子爵は堂々とそう告げ、 「あなたは、アークヴィースト公爵令嬢を、手紙で脅迫しましたか?」 王太子にも容赦なく質問する。 「……あぁ」 ロードリックは言葉に詰まりながらも頷いた。 この場で嘘を吐くリスクを考えているのだろう。 「理由は?」 「気に入らなかった」 思わず両手に力がこもった。 「あの女は、俺をたてることも知らない。不遜なふるまいが気に入らなかった」 「それで、襲撃まで?」 ただそれだけの理由で、下手をすれば命を奪いかねないことまで指示したのか。 矢が飛んで来た程度のことではあったが、ほんの一瞬気づくのが遅れれば、きっと当たっていた。 それがレティシアだったらまだいい。一緒にいた友人たちに当たっていれば、レティシアはきっと彼を許すことはできなかっただろう。 「それは……何をしても、全く動じていなかったから……」 レティシアが動揺しないことに焦れて、あんなことをしてしまったのだという。 あまりにも無責任な言葉に、レティシアは呆れることもできなかった。 「では、その手紙を、反貴族派の者に代筆させたのは?」 「それは知らなかった!本当だ!」 「つながりはないと?」 「あぁ、そうだ!」 この訴えに嘘はないと思った。それは何の理由もなく、なんとなく、ただ直感的なもの。 それにこの場では、きっとレティシアの直感よりも確かな証拠が提示される。 「代筆はさせた。筆跡でわかるおそれがあると聞いたからだ。だが、代筆者はノエルの推薦で選んだ。その男が誰であるかは調べていない。ノエルが調べているものだと……」 王太子が側近を信用しすぎていた。その信用を利用したものが、この場にいる。 「それでは、ヘーグルンド侯爵家次男、ノエル卿、証言台へ」 ここで呼ばれたのは、騎士団長の息子だった。 彼はバツが悪そうな顔をしていた。 その理由を、レティシアは知らなかった。 「王太子殿下に代筆者を紹介したのは、あなたですね」 「……はい」 「なぜ反貴族派の者を選ばれたのですか?」 「知らなかったのです」 嘘だ、と思った。 わずかに視線が揺らいだのもそうだが、これもまた、直感的なものだった。 「王太子殿下に紹介する前から関わりを持っておられるようですが」 アルバーニ子爵の言葉に、彼はぐっと押し黙った。 「それに、たとえノエル卿が知らなかったとして、王太子殿下に調べもしない者を紹介したことも問題ですね」 「ちが……っ」 ノエルはとっさに反論し、しかしぐっと押し黙った。 「それから、ノエル卿は、アークヴィースト公爵家を快く思っていないようで」 「な……っ」 これには会場の空気が揺れた。 レティシアも、思わず息を飲んでいた。 「公爵令嬢を陥れ、アークヴィースト公爵家を没落させるのが、目的だったのでは?」 「……っ」 ノエルは答えなかった。ぐっと唇を噛み、苦々しそう俯く。 「そのために王太子殿下を利用したのでは?」 「……そう、なのか……?」 ロードリックの声が堅くこわばっていた。 「違うだろう?ノエル」 騎士団長の息子であるノエルは、彼にとって唯一無二とも言える友人だったに違いない。 王太子の取り巻きとして最も近い位置にいたのは、いつだって彼なのだから。 「……から」 ノエルが小さな声で吐き出した。 ゆっくりとあげられた目は、レティシアに向いていた。 「アークヴィースト公爵家が王家を見下しているから……っ」 レティシアを、そしてその父を、睨むように見つめる彼は、 「騎士団長として、王家を支えてきたのは我がヘーグルンド侯爵家だ!」 と続けて宣言した。 「……そのために、王太子殿下を欺き、利用したと?」 「それは……っ」 それがどれほどの罪になるのか。 王族を欺いた罪は、決して軽くはない。 ヘーグルンド侯爵家がアークヴィースト公爵家とどんな関係にあったか。 レティシアが知る限り、そんな険悪な関係でもなかった。 アークヴィースト公爵家の方が格上で、しかし騎士団長の家系であるヘーグルンド侯爵家にも敬意をもって接するように教えられた。 だから、彼らを下に見たことはなかったし、対等な関係だと思ってきた。 それが、ヘーグルンド侯爵家の次男とはいえ、その一家の息子に、ここまで憎まれているとは。 「国王陛下、以上が今回の調査の結果でございます」 アルバーニ子爵が壇上に座る国王を振り返る。 深々としたお辞儀とともに告げられた言葉に、国王は王座から立ち上がった。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

71人が本棚に入れています
本棚に追加