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ファーストキス〜結衣〜
夢を見てた。目の前に広がるのは、さっきと同じ海。でも、その海には人の気配がなかった。それが恐ろしかった。
声を出そうとしても出せない。この夢の世界の海に囚われてしまうのか、と怯える気持ち。
ふっと、右の頬に温もりを感じた。それは涙の気配にも似ていた。
あ、これは現実だな。
わたしの目は覚めてはいない。けれど、意識は、はるか遠くの海原から、ビジネスホテルの部屋に戻ってる。
きっと、忍田先輩が。
でも、先輩。せっかくなら唇にしてよね。わたし、ずっと待ってたんだから。そりゃ、今は男女間の性のあれこれって、すごく倫理的に厳しくなってきてる。
男の人にも、女の子にだって、規範がきついよね。
わたしは目を覚ます。入れ替わりに先輩の方が寝息を立ててた。先輩は夏休み中、ほとんどメガネをしていない。二つの伊達メガネは、もう必要ないのかもしれない。
わたしには、安心して「素顔」を見せて眠れるんだね。
穏やかな気持ちで、わたしは先輩の唇を指でフニフニ押した。悪戯だけど、許してほしい。
先輩の唇に、ほんの一瞬だけわたしの唇を押し当てた。先輩は目を覚まさない。意外と眠りが深いのかな。
そのまま、午後四時くらいまで、先輩の寝顔をひたすら見てた。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
帰りの電車では、わたしの方が眠たくなる。先輩にもたれかかってしまうけれど、先輩は当たり前のようにわたしの肩を抱いて、トントンと叩いてくれた。
二人して、相手に内緒のキスをした夏。
こんな夏の一ページが終わる。
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