海に行くお誘い〜結衣〜

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海に行くお誘い〜結衣〜

 水着を買った晩、わたしは珍しく、夜八時ごろに忍田先輩にライン通話をかけた。 「なんだい? こんな時間に」  先輩の穏やかボイスが心地よい。途端に、昼間の、花さんといた時のわたしはどこへやら。「桜澤結衣」は、語るべき言葉を忘れてしまう。 「いえ。えーと。夏休みだし、八月だし、お出かけしたいかなって」  てへへ、と愛嬌のある笑い方で誤魔化した。 「美術館? カフェ?」 「違うんです! わたし、行きたい場所があって」  心が焦る。この冷静な元生徒会長、ほんと憎らしい。 「海、です! 泳ぐんです!」  ああ。大きな声を出してしまったな。  先輩は無言だった。いつもならすぐに返してくれるのに。 「海、か。俺は泳げないけど。結衣は泳げるの?」  若干、何かを警戒してる口調。わたしは慎重に答える。ここで引いてはならない。わたしは日本画家、桜澤芳(よし)のたったひとりの孫娘。そう。おばあちゃんの孫娘。 「可愛い水着買っちゃったんですー」  語尾が音符に聞こえるように、意識してみた。 「あー。そういうことね。それは、海、行きたくなるよな」  先輩が急に優しくなった。 「鎌倉にでも行くか。それじゃ。親御さんの許可とれよ。いや。結衣はむしろ」 「おばあちゃんの許可!」  二人して言って、くつくつと笑う。  交渉成立だ。やったね!  
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