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手のひらサイズになった桜久は、本当にぬいぐるみのようにその場から動かない。どうやらクラスメイトたちの視線を感じて、きちんと演じているようだ。
はたから見れば、転校生がいきなりクラスの影である僕にプレゼントをしたことになる。目立ちたくないのに、一気に目立ってしまった。冷や汗が止まらない。
「い、いりません」
「わかった。ここで俺にキスされるか、桜久を置いておくか、どっちか選んで良いよ?」
「可愛い桜久ちゃんと共にいます」
「……俺のことも玲桜って呼んでくれて良いんだけどなぁ」
「結構です」
神谷くんとは、ぽんぽんっと会話が進んでしまっていけない。気がつくと、またクラスメイトの視線がこちらに釘付けになっている。僕は慌てて神谷くんの肩を押して、前を向くように方向転換させた。彼はまだ納得いっていないようだったが、従ってくれる。
早く帰りたい。
午前の授業が終わる頃、いよいよ体調が悪くなっていた。今朝はまだ疲労程度だったが、目眩も激しくなっている。取り敢えず弁当を食べて、薬を飲まないと。
きっと、薬も気休め程度にしかならないだろうが、飲まないよりはマシだ。
桜久を鷲掴みにし、ポケットに捩じ込むと立ち上がった。
その途端、ぐらりと視界が揺れる。
「タイムリミットだね」
温かいぬくもりに包まれ、そっと息を吐く。爽やかな桜の香りは、ひどく心を落ち着かせてくれる。
「おいで」
腰に回された腕はとても頼もしく、僕は彼に支えられて教室を出た。原因はなんとなくわかっていたから。
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