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「どうかしたか? 我が妻」
「ウッ」
初めて目の当たりにした微笑があまりに麗しく、刺突を受けたかのような呻き声が漏れた。グレンが慌てたようにリゼルの顔を覗きこむ。
「大丈夫か。リゼルはずっと看病してくれていたんだろう。疲れが出たか?」
「そ、そうではなく……」
疲れているのは旦那様では!?と叫びたいのを堪え、リゼルはよろよろと首をもたげた。おかしい。変だ。この人はこんな風に自分を心配したりしないはず。
震える片手でぐしゃりと前髪を握りしめ、リゼルは呆然と呟いた。
「……あの、本当に記憶喪失が原因なのですよね? 何か精神に異常を来しているなどではありませんよね?」
困惑しきったリゼルが問えば、横合いから主治医が補足を入れる。
「医者としては、記憶喪失以外に原因は見当たりませんな」
「そんな……」
「ついでに申せば、特に錯乱している様子も見られません。これはこれで、グレン様の一面でしょうなあ」
「一面……」
リゼルは言葉をなくし、パタリと手を膝に下ろした。人間には色々な顔があることは知っている。リゼルだってそうだ。でも、まさか、そんなことがあるのか? 多面的すぎる。コインのように裏表くらいにしておいてほしい。
グレンが腕を伸ばし、混乱の極致にいるリゼルの前髪をそっと整えた。反射的にびくりと身を引くと「驚かせてすまない」と礼儀正しく手が退いていく。
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