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思いもよらぬ展開に固まり、リゼルは視線を寝室に這わせる。ネイや主治医と目が合いそうになると、気まずげにそらされた。そうだ、と思い当たる。ここにはリゼル以外の人もいるのだった。それなのに屋敷の主人が謝罪するなんてありえないし、させてはならない事態だ。
リゼルは慌ててグレンの肩に手を添えた。
「あ、頭を上げてください。私にとっては大したことではございませんでしたから。むしろお屋敷から追い出さないでいただいて感謝しているくらいです」
勢い込んで告げるリゼルに、ゆっくりと頭を持ち上げたグレンが眉根を寄せる。
「どういう意味だ? 政略結婚とはいえ、一年間も妻を放置するなど許されない所業だろう」
「そうですか……? ええと、とにかく、私は気にしておりませんので」
夫婦の間で、互いを訝るような視線が交わされる。リゼルは本当に不思議だった。この結婚において、グレンだけはとばっちりを受けたと言っていい。彼がリゼルに心を砕く必要はこれっぽっちもないのだ。
やがてグレンはそっと目を伏せ、繋いだ手に力を込めた。
「……わかった。だが今後、俺がリゼルを妻として扱うことは許してくれるか」
「ど、どうぞ……?」
グレンの行動はリゼルが許可を出す事象ではない。こっくりと頷けば、グレンは嬉しげに目を細めた。
――この時深く考えずに首肯したことを、リゼルはすぐに後悔することになる。
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