5 心労がすごい

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 手元の白い皿の上、サクサクのタルト生地に飾られた苺は真っ赤に熟れていた。食卓上に置かれた燭台の光が、ナパージュを塗られた苺の表面を艶やかに照り映えさせる。  そのさゆらぐ輝きを見つめ、リゼルは少し考え、ゆっくりと頭を振った。 「旦那様にお伝えするような重要なことは、何も……」 「何でもいい、話してくれ。俺はリゼルのことを知りたいし、君の話を聞くことで、記憶が戻るような気がする」  こちらに向けられた翡翠色の双眸が、甘やかに細められる。リゼルの心臓がドッと跳ね、危うくケーキ皿をひっくり返すところだった。危ない。それは記憶喪失以来、グレンがよくやる目つきだったが、いつまで経っても慣れない。 「ほ、本当に何も、ないのです」 「些細なことで構わない。例えば、昼は何をしていた? 俺は王都に近い街の見回りと、部下の喧嘩の仲裁をしていた」  何だか物騒な発言に、リゼルは思わず目を丸くする。 「け、喧嘩ですか?」 「ああ。酒場の娘に失恋した団員を、他の奴らが煽ったら殴り合いに発展した。最終的にはその酒場で失恋を慰める会を開催することで落ち着いた。俺の快気祝いも兼ねるらしい。騎士のくせに馬鹿ばかりだ……」  遠い目をするグレンだが、口調は柔らかい。何となく胸に打ち寄せるものがあって、リゼルは幾度か頷いた。
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