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そんなことはしないけれども。
それでも、少しだけ悪心が頭の隅をよぎる。もしグレンが元に戻っても、花束さえあればこの奇跡のような数日間をずっと覚えていてくれるだろうか、と。
自分の想像に、リゼルは苦く笑った。
「……馬鹿ね。それより、旦那様の記憶を取り戻す方法を見つけないと」
ここ数日、とにかく心労がすごい。
グレンはまるで人が変わったようだ。あたかもリゼルが大切な妻であるかのように、愛と見紛う何かを惜しみなく振りまく。
あれは本当の旦那様ではない、と思う。
本来の彼はもっと冷淡で、リゼルを何とも思っていない。そのはずだ。
(そのうち戻るとお医者様は仰っていたけれど、こんなの旦那様を騙しているみたいで嫌だわ。私の魔法で、一日でも早く記憶を戻せたら……いえ、簡単ではないわね)
マギナに伝わる魔法は、主に物質を操作するのを得意としていた。火をつけたり、水を一瞬で凍りつかせたり、空気を操って透明な壁を作ったり。
すなわち物理的な怪我の治療は容易いが、記憶のように形のない物の取り扱いは難しいのだ。失敗すればさらに被害を拡大させる恐れもある。
(でも、不可能を可能にするのが魔法だもの。魔法書店に行って、国外の魔法書を紐解けば何か見つかるかもしれないわ。……頑張るしかない!)
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