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そう胸の内で拳を振りあげたとき、庭園の入口に人の気配を感じ取り、リゼルは総毛立った。
「ど、どなたですかっ」
長椅子から跳ね立つのと入口に声を投げるのは同時。すでに花束は置いて、右手は短剣を引き抜いている。魔女の戦闘態勢はおおよそこのようなものだ。
しかし入口に掲げたランタンの下、ふっと現れた背の高い影を見留め、リゼルは目を瞬かせた。
「我が妻は勇ましいな。騎士団に入るか?」
「……だ、旦那様!? 失礼いたしましたっ」
くつろいだシャツ姿のグレンが、開け放たれたガラス戸にもたれてくすくす笑っていた。頭上から注がれるランタンの光が、彼の整った顔を穏やかに照らす。
グレンは腕を組み、珍しげに温室を見回した。アーチを描くガラス張りの天井、レンガを敷き詰めた小径。その両側に植えられた、酩酊の香りをまとう薬草。純白の炎が燃える魔力炉に、何の変哲もない樫の長椅子。
それら一つ一つに目を留め、最後に、急いで短剣をしまうリゼルに視線を落ち着けた。
「もしリゼルが良ければ、俺もこの庭園に入って構わないだろうか」
葉擦れに紛れさせるような小声で、律儀にお伺いを立てる。リゼルは戸惑って瞳を揺らした。
「……旦那様は、このお屋敷の主です。私の許しなどなくとも、どこに足を踏み入れても構わないお立場です」
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