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7 夜の会話
*
二人は長椅子に並んで腰かける。魔力炉の上では赤い小鍋がふつふつと湯を沸かしていた。紅茶でも淹れようと、リゼルが用意したものだ。
水面から立ち上る湯気を眺めながら、ぽつんとグレンが切り出した。
「リゼルは、今の俺のことは気に入らないか?」
「……っ」
直截な問いにリゼルは息を呑む。何と答えるべきかわからず、夜着の胸元の飾りボタンを無意味にいじった。
気に入らないとかではない。ただ、以前の彼と違いすぎて、どうしたらいいのか困っているだけ。
言葉を探して黙りこくっていると、グレンが苦笑した。
「記憶を失くしてから、リゼルがずいぶん戸惑っているのはわかっている。……少し焦りすぎたな」
彼が何を焦ることがあるというのだろう。リゼルはその言葉にこそ戸惑って、グレンを見上げた。真剣な横顔が、魔力炉の火影に浮かび上がっていた。
「目覚めた時、俺が真っ先に思ったのは、この美しい人を守りたい、ということだった」
「えっ!?」
ガラス越しに星空を透かす天井に、狼狽えきったリゼルの声が反響する。グレンの笑みがますます苦くなり、リゼルは慌てて両手で口を押さえた。
「そこまで驚くことか。君は綺麗だ、本当に」
わずかに顔を横向けたグレンが、リゼルの方へそっと手を伸ばす。節くれだった指は迷うようにリゼルの頬の近くを彷徨い、それから静かに折りこまれた。
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