7 夜の会話

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 果たしてグレンは一つ瞬きしただけで「そうなのか」とあっさり頷いた。  そして、どこか悪戯っぽい目つきでリゼルを仰ぐように見る。 「リゼルは、王都はあらかた見て回ったか?」  唐突な問いかけに、リゼルはぽけっと瞬く。 「いえ……魔法書店以外は、特に」  それも二、三度の話だ。あまり街をうろうろするのは良くないかと、賑やかな王都の大通りに後ろ髪を引かれながらも慎んでいた。  グレンの笑顔が深くなる。手に力がこめられ、秘密を囁くように顔を近寄せられた。 「なら、次の休みに二人で出かけるぞ。まだここにはリゼルの見たことのないものがたくさんある。楽しみにしていろ」  ようやく小鍋に湯が沸く。水泡が膨らんでは弾ける音を聞きながら、リゼルは記憶喪失の夫の目を見つめ返した。手は強く握られているはずなのに、指の隙間から砂が零れてゆくような心地がする。  わかっている。これは今だけの特権で、遠くないうちに確実に失われるものだと。  目の奥がじわりと熱くなる。喉元にこみ上げるものを必死に飲み下し、リゼルは「ありがとうございます」と呟いた。 (私はいつか、この手を離せるかしら)  一度与えられた温もりを、手放すのはとても難しい。  リゼルはもう、この微睡むような心地を知ってしまったのだ。  いつか別れるその時には、旦那様を困らせないようにしなければならない、とリゼルは揺れる心に言い聞かせた。
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