8 デートの準備

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「最近の、というか……記憶を失ってからの旦那様よね」 「そうですね。最初はどうなることかと思いましたが、案外慣れてしまうものですよねえ。むしろ今の旦那様の方が取っ付きやすいと、使用人達の間では評判が良いですよ」  これまでグレンの一挙手一投足に屋敷には緊張が走っていたものだが、皆の順応性は思いの外高かった。今ではグレンがリゼルに花を贈っても、二人が並んでお茶を飲んでいても、またか、と微笑ましい目で見られるだけだ。  そう、人間は慣れてしまう。悲しいほど残酷に。 「なら……旦那様の記憶が戻ったら、どうなってしまうのかしら」 「リゼル様?」  ぽろりと零した独白は、存外か細くなってしまった。ネイが不審そうな顔になって、ドレスを選ぶ手を止める。 「何かご不安があるのですか?」  そばまで寄ってきたネイがそっと背中に手を当ててくれる。リゼルはぎゅっと自分の体を抱きしめ、無理に口角を上げてみせた。 「ごめんなさい……何でもないの。ただ、今の状態を当たり前だと思わないようにしないとって。記憶がないのは、きっと不安なことだもの。早く戻ると良いわね」  グレンは優しくしてくれるが、本来あるはずのモノがないというのは心許ないはずだ。今の今までそこに思い至らなかった自分に恥じ入る。 (思っちゃいけない……旦那様に記憶がないままだったら、なんて。考えるだけでも不誠実だわ)
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