9 寂しい、ということ

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 口早に答えるグレンは、略装の騎士服姿だ。帯刀こそしていないが、その居住まいは周囲の背筋を伸ばすほど堂々としていて、思わず見惚れてしまう。  まじまじと馳せられるリゼルの視線に気づいたのか、グレンが面映そうに頬を指でかいた。 「休みではあるが、王都に出る時はいつも騎士服を着用するようにしている。犯罪抑止になるからな」 「それでは一時も気を抜けないのではありませんか?」  休日なのに疲れないだろうか、と心配になる。しかしグレンは「騎士団長としては当然だ」と笑って肩をすくめた。社交より剣技を優先するグレンらしい。  それから一転し、真面目な顔つきになって言う。 「そういうわけだから、リゼルはあまり可愛い振る舞いをしないでくれ」 「はい。……はい?」  何を言っているんだこの方は、と怪しむが、グレンはいたって真剣だった。 「リゼルといると俺の頬が緩む。だが街で甘い顔を見せると、悪党をつけあがらせるからな」 「……旦那様は、笑うのもだめなのですか?」  隣でグレンが仏頂面を作っているところを想像すると、この外出には何の意味もないように思えた。鳩尾の辺りに冷たい風が吹き抜けていくような心地がする。  しょぼんと肩を落とすと、グレンが歯切れ悪く答えた。 「……たぶん、それくらいなら平気だが」 「良かったです。旦那様の笑顔が見られないのは……何というのか……」  この冷え冷えとした感じを何と表現すべきかわからない。頬に指を添えて考えこみ、一つ思い当たってぽんと手を打った。 「寂しい、ですので」 「そういうのを……いや、俺が律すればいい話か……」  グレンは白手袋をした手で口元を覆い、何か苦悩しているようだった。金髪の隙間から覗く耳が赤い。ホールの隅に下がったネイがニヤニヤしている。  きょとんと見上げれば、わざとらしく咳払いをしてグレンはリゼルの手を取った。 「では行くぞ。忘れられない一日にしてやる」
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