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11 襲撃
*
誰の魔法かはわからない。術者は巧妙に隠されている。
しかし今の状況から考えれば答えは一つ。記憶を奪う何某かの魔法だろう。
その夜、リゼルはベッドで一人何度も寝返りを打っていた。窓から差す白銀の月光が冴え冴えとリゼルの顔を照らす。
(それにしても、どうして旦那様の記憶を……? しかも私の記憶だけ……?)
全ての記憶をなくしているならわかる。騎士団長という立場から、覚えられていては困る機密を知っている可能性も高い。しかしリゼルの記憶だけ奪ったところで何の意味があるのか。狙いが不明だ。
深々と息を吐き出して、再びぱたりと寝返りを打つ。そのとき窓の外、深い藍色の夜空に浮かぶ満月に、刹那の影がよぎった。
「――来たわ」
不吉な気配を察したリゼルはむくりとベッドから起き上がる。寝衣から着替える暇はなさそうだった。長着を羽織り、短剣を握りしめて寝室を出る。
夜の屋敷は眠ったように静かだった。
足音を殺して廊下を歩き、裏口から外へ滑り出る。庭を渡る冷たい風が草木をさざめかせた。震える体を抱きしめるように、長着の前をかき合わせる。
リゼルの足が向かう先は魔法庭園。
閉ざされた温室のガラス戸。その前に、一人の少女が立っていた。
「お久しぶりね、リゼルお姉様」
腰まで届く長い黒髪に、豊かな睫毛に縁取られた紅い瞳。華奢な体にまとうのは、闇に溶け込むような漆黒のドレス。
「メイユ……」
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