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それから言葉を切り、少し躊躇った後、探るような眼差しを向けてきた。
『お前は別に、俺を愛しているというわけでもないのだろう』
『はい、ちっとも。でも、目の前で困っている方を放っておくこともできません』
これまた迷いなく頷けば、グレンはますます不可解そうに目を眇める。事実を言ったが正直すぎて失礼だったかと、リゼルは慌てた。
『だ、大丈夫です。私にはあまり幸福な記憶というものがないので。そう惜しまれることでもありません』
眉を下げて笑う。グレンが息を呑んで、じっとこちらを観察するような気配を漂わせた。
『それに、記憶を代償にするのは初めてで……ちょっとやってみたかったんです』
とんでもないことを宣う変な魔女を前にして、グレンは言葉を失くしている。その隙に、リゼルはえいやっと、本当に気軽に――何でもないように、魔法をかけた。
(私なんかの記憶を惜しむなんて、旦那様っておかしな方! ……でも、もしこれで旦那様をお守りできたら……私が嫁いだ意味も、きっとある)
最後に、ほんの少しだけ、胸底にくすぐったいものを感じて。
「あ、それと、もし私の記憶を戻す必要があったらですね――」
そうしてリゼルは全てを忘れた。
この屋敷に来てから魔法をかけて回り、皆に感謝されたこと。
それから。
グレンを守ったことを。
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