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リゼルの手の中で、グレンの指がぴくりと跳ねる。構わず、リゼルはぎゅっと強く握りしめた。もう離さないように。今から言う本心が、過たず伝わるように。
「ですから、贖罪みたいに思わないでください。私は本当に、気にしておりませんから」
しばらく、部屋には沈黙が落ちる。グレンはリゼルの願いを吟味するように、じっと黙っていた。ただ密やかに手だけが握り返される。
やがて泉に小石を落とすように、ぽつりと呟きが漏らされた。
「俺に都合が良すぎる。リゼルはお人よしだと言われないか?」
「ネイには、たまに……。でもそうでしょうか? わがままを申していると思いますけれど」
これはリゼルの人生のうち、とびっきりの強欲だった。
「何の理由もなくただ愛してください、とお願いしているのですよ……?」
ふ、とグレンが微笑する。訝しげなリゼルの手を引いて、自分の胸に抱き寄せた。全身に温もりが回って、耳元で拍動が響く。リゼルのそれより力強くて、けれど早さは同じくらいだった。
「わかった上で言っている。だがそれくらい俺にとっては容易いことだ」
顔を上げると、優しい目でこちらを見つめているグレンと視線が絡んだ。引かれるように、二人の距離が近づく。
二度目の口づけは、一度目よりもずっと長かった。リゼルの体がくたくたになってしまうくらいの時間が経ってから、グレンはリゼルを解放した。
真っ赤になって息を乱すリゼルの前髪を撫で、グレンは優しく彼女の体をベッドに横たえる。熱に潤んだ瞳を隠すように、そっと目元を手のひらで覆った。
「おやすみ、リゼル。俺の魔女。良い眠りを」
「はい……おやすみなさい、旦那様」
瞼の作った暗闇の裏、リゼルはわずかに笑んで吐息を漏らした。
明日目覚めても、何もかもを覚えている。
〈了〉
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