1 記憶喪失の旦那様

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1 記憶喪失の旦那様

 結婚して一年、リゼル・コーネストが夫の寝室に入ったのは、これがたったの二度目のことだった。 「旦那様がお目覚めにならないわ……どうしよう……」  コーネスト邸で最も日当たりの良い一室、その真ん中に置かれたベッドの枕辺で、リゼルはおろおろと呟いた。  ベッドでは、午後の陽に金髪を透かす青年が昏々と眠っている。精悍な眉に、頬に影を落とす長いまつ毛。白皙の美貌は目を閉じてなお凛々しく際立つ。しかし頭には包帯を巻かれ、頬に当てられたガーゼが痛々しい。  息をしているのか心配になるほど静かに眠り続けるのは、リゼルの夫であるグレン・コーネストだった。 「リゼル様、看病の交代に参りました」  ノックと同時に部屋の扉が開いて、侍女のネイが顔を覗かせる。リゼルは椅子から立ち上がり、眉を曇らせて侍女を迎えた。 「ネイ、どうしましょう。私に何かできることはないかしら」 「命には別状ないと、お医者様は仰っていたではありませんか。今は待つしかございません」  キッパリ言われ、リゼルは「それはそうなのだけれど……」と俯く。  頭ではわかっていても、どうしても心は落ち着かない。  なぜなら彼女は男爵令嬢でありながら魔女だったからだ。医者ほどではないが怪我人と対峙した経験があり、その中には、容態が急変して亡くなってしまう人もいた。
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