8 愛しい記憶

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 そう思って、ふと気がついた。自分はあの時のイヴァンとの思い出を愛しく思っているのだと。  最初は「厄介なことに巻き込まれた」と乗り気じゃなかったイヴァンの家庭教師役も、自分じゃ考えもしないような回答を持ってくるイヴァンに、なんだか心が軽くなった。他の生徒は皆シルビアを怖がり、冷徹な悪魔だと噂したが、イヴァンは無愛想なシルビアを揶揄って遊んだ。  アカデミーで友達は一人もできなかったけれど、シルビアには教えがいのある生徒ができた。  シルビアはそんなイヴァンとの愛おしい思い出を巡り、諦めたように息を吐き出した。 「殿下との縁談の話を聞いた時は信じられない気持ちでいっぱいでしたが、この短い期間でまさか婚約破棄をすることになるとは思いもしませんでした」 「婚約破棄だと?」 「殿下もわかっているはずです。謀反人の娘との結婚など、国民は許すはずがありません」  そう言って静かにティーカップを置くと、シルビアは音もなく立ち上がった。 「私は王太子妃に、殿下の妻にはふさわしくありません」 「シルビア……」 「婚約破棄いたしましょう」  シルビアがまっすぐにイヴァンを見てそう言うと、イヴァンはその目を離すことなく言った。 「俺がずっと前からお前を好いていると言っても、か?」  イヴァンの言葉に、胸の奥がきゅっと締め付けられる。  王宮に入り、イヴァンと過ごすうちに、彼の気持ちには薄々気がついていた。しかし、その思いを心から信じることが出来なかった。人の心を持たない悪魔公女と呼ばれる自分が、誰かから愛されるわけがないのだと。  
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