第一巻 運命の婚礼 第三章 アリオス宮の暗躍 1

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第一巻 運命の婚礼 第三章 アリオス宮の暗躍 1

「ねぇ爺、フリッツさまってどんなお方だった。背は高いの、髪は、目のお色は」  楼桑王国の王都〝アリオス〟に鎮座する王宮の一室で、王である『ロルカ・ラン=ローソーⅡ世』の末娘であるロザリーが、夢見るような表情で守役のアルバートを質問攻めにしていた。 「姫さま、少しじっとしていて下さいませ。絵が描けません」  宮廷画家のソネットが、なん度目かの同じ注意をする。  アルバートが星光宮でフリッツに約束した、ロザリーの肖像画が描かれているのであろう。 「うるさいわねソネット。毎日顔を合わせてるんだから、見なくっても描けるでしょ。楼桑一の絵師だといつも威張ってるじゃないの、あれは嘘なの」  それに対してロザリーが、不満げに頬を膨らませる。 「よろしいのですか姫さま、いまのお顔をお描きしますよ。わたくしは一向構わないのですが、サイレンの大公さまが見られたら、きっと驚かれるでしょうな。楼桑の姫は、こんな膨れたお顔をしているのかと」 「駄目駄目、誰よりも可愛く描いてちょうだい。フリッツさまへお送りする大切な肖像なのよ、まったくソネットはいつも意地悪なんだから」  ロザリーは文句を言いながらも決められた方角を向き、可愛らしく整った顔をツンと静止させた。 「もそっとうつむき加減に、お顔に憂いを漂わせるのです」  ソネットが次々と注文を出す。  ロザリーの容姿は整ってはいるものの、まだ成熟した女性のそれではなかった。  プラチナブロンドの髪は艶やかに輝き、小振りの瓜実顔はまだ少女の趣を十分に残している。  翡翠色の大きな瞳には恋に恋する年齢特有の無邪気さがあり、薄桜色の少し下唇の厚い口元には素直さが見て取れる。  隣国の若き大公の名を口にする度に、頬ははにかむように微かに色づく。  ほっそりとした身体付きで背はけして高くはないが、年齢からしてもあと少しは伸びる余地を残しているはずである。  幼さを残した肢体も、やがては女性的な膨らみを見せるだろう。  あと数年もすれば、誰もが目を瞠る美女となるに違いない。 「いいですか姫、わたしはわざとそのお顔を美しく描く気はございません、ええ頼まれたってそんなことはしやしませんよ。わたしは絵師であって、どこぞの三文似顔描きのような詐欺師ではございませんのでね。姫が美しくお描かれになりたいのであれば、内面からそれを表現なさるのです。わたくしはその内面の美しさを、絵筆に載せて魂を込めてお描きします」  そんな遣り取りを椅子に腰を下ろしたアルバートが、いかにも好々爺と言った表情で眺めている。 「ソネット・ランダー」代々絵師を生業とする家系に生まれ、幼少期からその才は他の兄弟たちと比べても群を抜いていたという。  長兄が二十三歳の時に描いた絵を、七歳のソネットが悪戯に模写をした。  初めて本格的に兄の画材を使って描いたもので、それは家族に黙って遊びで描いたのだった。  それを帰宅した長兄に見つかり見咎められた彼はたいそう叱られ、罰として納屋に閉じ込められる。  騒ぎを聞き父親が訳を訊くために、ソネットを納屋から出し兄と共にそれぞれの言い分をすりあわせた。  長兄は勝手に自分の画材を悪戯したことを告げ、父からも言い聞かせてくれるように頼んだ。  彼はまだ油彩絵の具の使用を許されてはいなかったし、そもそも七歳の児童が手にすべき画材ではなかった。  いま彼が父から指導されているのは、徹底した人の動きの素描(デッサン)である。  木製の小さな人型人形は各関節が自在に動かせる精巧な品物で、彼の兄たちもみなこの人形を使い素描を学んだ。  しかしソネットはその素描というものが巧く描けない、描いた絵を見れば一目瞭然でまるで二、三歳の幼児が滅茶苦茶に描き殴ったような、なんとも拙い落書きのようなものなのだった。  いくらきつく注意され、細かく指導されても上達しない。  彼に言わせれば、人形がそう描いてほしいと言っていると言うだけで埒が明かない。  父親も兄弟たちも呆れ果て、この子には絵の才能はないと諦めていた。  いまでは絵を教えることはせず、自由気ままに描くに任せていた。  父は兄の言葉を認め、ソネットをきつく注意した。  まだ幼いソネットは悪戯をしたことを素直に認め、もうそんな真似はしないと謝った。  最後に末の息子が模写したという絵を見たとたん、父親は驚愕ししばらくの間言葉を失ったという。
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