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第8話 2日目⑤おっさんはJKと相合い傘をする
竹のお陰で拡張できてスペースに余裕が出来た筏だが、現在はところ狭しと濡れた衣類を拡げて干している。今日は風も波も穏やかだからすぐに乾くだろう。直射日光を浴びている衣類からは白い蒸気が立ち上っている。
一仕事終えた俺と美岬はセームタオルを海水で絞って汗を拭い、今や真上に来ている太陽の熱から逃れる為に折り畳み傘をパラソルがわりにしてその影に避難している。
「……おぉ、人生初の異性との相合い傘っす♪」
などと美岬がアホなことを言って何やら嬉しそうにしているが聞かなかったことにする。影にさえ入れば海に冷やされた風が心地よく外の暑さが嘘のように和らぐ。
昼の分の水を分け合ってチビチビ飲みながら話し合う。
「竹の浮力って頼もしいっすねー。朝までとは筏の信頼感が桁違いっすよ」
「このタイミングで筏を補強できたのは正直助かったな。エアーマットレスだけだと何かの拍子に穴が開いたら詰んでたからな」
「そっすねー。それこそ鮫に噛みつかれたらヤバかったすね」
「あと魚のトゲとかも怖いな。だが、結果的にここまで補強できたから今まで出来なかったことも出来るようになるぞ」
「ほうほう、例えば?」
「熱でエアーマットレスが溶けて穴が開くのが恐くて使えなかったシングルバーナーも場所を選べば使えるから、海水をコッヘルで沸かして蒸留して真水を得ることも出来るし、残った竹材で漁具を作って魚を捕ることも出来るし、料理も出来る」
「おぉ! 魚が捕れるなら捕りたいっすね。お腹ペコペコですし」
と、美岬が声を弾ませた直後に彼女のお腹がグゥ~と鳴り、情けなさげな表情を浮かべる。
「……じゃ、この後は魚を捕るための道具を作ってみるか。釣竿と銛と箱メガネなら残った竹材ですぐに作れるだろ」
「釣竿は分かるっすけど糸とか針とかエサはどうするんすか?」
「糸は裁縫セットに入ってる。幸いこの糸はショアジギング用のPEラインに換えてあるから強度は申し分ない。針は裁縫セットに何個か入れてある安全ピンを加工して作ってみよう。エサは……パラコードでルアーを作ってみるかな」
ちなみにPEラインとは極細のポリエチレン糸を撚り合わせて作られたパッと見ではミシン糸にしか見えない釣糸の一種だ。通常のナイロンの釣糸に比べて同じ太さでも強度は4倍ほどある。
アウトドアでは意外と裁縫は必須科目となるので俺も裁縫セットは当然常備しているが、裁縫セットに元から入っている糸は質が悪くてすぐ切れるので、俺はそれを細くて頑丈なPEラインに変えてある。
「おぉ、そういえば裁縫セットがあったっすね。でもルアーってパラコードでどうやって作るんすか?」
「パラコードは普通のロープと違って、細い化学繊維を束ねて、その外側を布の皮で包んだものだからな。内部の化繊の束を引き出して解せばラバージグみたいな感じにはなるぞ」
「ラバージグ?」
「タコみたいなやつ」
「なるほどっす。何が釣れるっすかねー?」
「海面近くを回遊している青物……サバとか小さめのシイラ辺りが釣れると嬉しいけど、まぁあまり期待せずにやってみよう。幸い、まだ水も食料もあるからな」
まず釣り針から作る。工作用の針金では軟らかすぎてそのままでは釣り針には使えないので、裁縫セットから安全ピンを1個取り出す。
安全ピンの針を収納するヘッド部分をペンチで掴んで何回か捻ればスポッとひっこ抜けて、バネを中心にV字に開いた針になる。
V字の尖ってない方の針金をペンチのニッパー部分でバネから1㌢ぐらいの所で切り落とし、反対側の3㌢ぐらいのまっすぐな針をペンチで曲げて釣り針の形に整形していき、尖端が切り落とした部分と向き合うようにする。
つながっていないカラビナみたいな形だ。
「この尖ってない方を残しているのには意味はあるんすか?」
「もちろん。この針にはカエシがないから、この針を曲げただけだと魚に逃げられやすいんだ。この尖ってない方をわざと残して曲げた針先と向き合わせることで、カラビナフックみたいに外れにくくすることができるってわけだ」
「ほほー! そんなことが出来るんすね!」
「じゃあ次は擬似餌部分だな。ハサミを貸してくれるか?」
「あいあい」
パラコードを5㌢ぐらいで切り出し、中身の繊維束を3㌢ぐらい引き出し、余った皮を切り落とす。これで2㌢ぐらいの胴体から3㌢ぐらいの多足が伸びたタコのような形になった。もちろんこのままではバラバラになってしまうので固める必要はある。
ライターを取り出し、擬似餌の頭のてっぺん付近を炙る。すると熱に弱い化学繊維なので炙られた所が一瞬で熔けて互いにくっつき合う。
さっき作った釣り針を擬似餌の頭部分から刺して、針がちょうど足の中に隠れるようにしたところで、再びライターで擬似餌の頭部分を炙り、擬似餌と針を熱接着してルアーとして完成させる。
「ほら、これでルアーの完成だ」
「おぉ! 確かにこんな感じのルアー見たことあるっす」
竿にするために残してあった竹の先端部分の3㍍をそのまま使い、竿より少し長めに取ったPEラインを結び、作ったばかりのルアーを取り付けて筏から流す。筏の改造のために今日は朝からずっと海面をバチャバチャやってるからさすがに今は筏の周りに魚はいないだろう。とりあえず竿本体を筏に固定してそのまま放置する。
続いて箱メガネを作る。
箱メガネは簡単だ。竹の太い部分を輪切りにしたものの片側に透明なビニール袋をぴったりと張り付けて麻紐で固定するだけだ。ビニール袋側を水に浸けて反対側から覗きこめば水中の様子が見れる。水中に潜るための水中メガネにするためにはもう少し水密性にも気を付けなければならないが、水の外から水中を覗くだけならこれだけで十分だ。
これらを作って残った竹材は10㌢~13㌢ぐらいの太さの約3㍍と枝が一束といったところだ。
この3㍍はせっかくなので筏の補強に使う。筏の下を潜らせて船首部から船尾部までを真っ直ぐに貫く竜骨のような感じで固定する。この試みは上手くいき、筏はさらに強度が増し、また俺たちの居住区であるエアーマットレスを下から支える形になったので安定感も良くなった。
「なんというか、あれだけあった竹を無駄なく使いきったっすねー」
「そうだな。だが、むしろたったこれだけしか無かったから、ある材料で作れる物を選んで作ったと言うべきだな。材料に余裕があればまだまだ作りたい物はあるぞ」
「他にはなにを作るっすか?」
「そうだな、もしもう一本竹が手に入ったら、屋根とオールは作っておきたいな。直射日光を避けられる日陰と目的の方向に進んでいくためのオールはなるべく早く欲しい。とりあえず今は折り畳み傘とパドリングという代替手段があるから後回しにしたけどな」
「あー、そっすねぇ。パドリングはかなりしんどいっすもんねぇ」
さっきの竹を入手するためのパドリングを思い出したのか美岬が苦笑いを浮かべる。
「それとマストと舵も作りたいところだな。さすがに舵取り板は竹では作れないが、もし板状の物が手に入って舵を作れて、さらにマストを作って帆走が出来るようになれば、ただ海流に流されるだけの漂流を脱却して航海が出来るようになるからな。この違いは大きいぞ」
「確かに。目的の方向に進んでいけるなら、例えば雨を降らせてる雲を見つけたらその下まで行けるわけっすもんね」
「そういうことだ。だから使える物を見逃さないようにしないとな」
そのまま駄弁りつつも使える物が流れて来ないか二人で海面を監視し続け、結果的に夕暮れまでに水が500ccほど残っている2㍑のペットボトル1本とサンドイッチの入った中形のクーラーボックスを回収することができた。
サンドイッチはさすがに傷んでいたので食べることはできないが、パンに挟んであったハムは釣り餌として使えると思ったのでそれだけは残しておいて残りは捨てる。
期せずして手に入った水は問題なかったので海水で水増しして750ccの飲料水を得ることが出来た。その内の200ccはせっかくなので今日の分に回して二人で喉の乾きを癒す。
その時プランクトン採取器も一度引き上げ、中に溜まっていたスプーン1杯分ぐらいのプランクトンを美岬と分け合って食べた……というより水で流し込んだ。一応有用性は確認できたのでプランクトン採取器は再び海中に投下されている。
筏の上に拡げて干していた衣類やリュックもすっかり乾いたので回収し、また濡れるのも嫌なので小さく丸めて食品用ビニール袋に小分けしてしっかりと口を結んで収納した。この袋に小分けした乾燥した衣類はそのまま浮力補助にもなる。もし、この筏がダメになったとしても、俺のリュックと美岬のスポーツバッグは水が染みても沈まない頼もしい浮力補助具になるはずだ。
まあさしあたっては俺たちが寝る時の枕になるわけだが。
【作者コメント】
サバイバル用品の中で裁縫道具の重要度は高いですよ。
そもそも、糸はともかく縫い針は代用品を作るのがめちゃくちゃ難しいアイテムです。その上、着替えがなくて同じ服をずっと使わなければならないサバイバルという状況下で服を修理したりカスタムできる手段があるのはすごいアドバンテージです。安全ピンも作中で説明したように釣り針に加工できるので多めに持っておくといいですね。ただし、加工にはペンチやニッパーが必要ですが。
裁縫セットとして売られているアイテムは、付属の糸がとにかく品質が悪いので、多少のカスタマイズをおすすめします。針は100均で売ってるワンタッチ針がおすすめ。糸はPEラインはやりすぎですが、キルティング用の蝋引き糸が丈夫でおすすめです。
あと、タコ糸や毛糸などの太い糸でも使える毛糸針もあると便利です。
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